[書評]

2013年3月号 221号

(2013/02/15)

今月の一冊 『ドイツ会社法概説』

 高橋 英治 著 / 有斐閣 / 4900円(本体)

『ドイツ会社法概説』 高橋英治著 /  有斐閣 /  4900円(本体)   戦後、日本の会社法は米国法の大きな影響を受けてきた。一口で言えば米国化である。しかし、考えてみれば、明治にできた商法典はドイツ法を母法にしていた。会社を共同体と見る企業観もドイツに近かった。ドイツでも米国法の影響を受けているが、裁判所や立法で、伝統的な独自の会社法を発展させている。好況なドイツ経済と長期低迷する日本の対比が鮮やかだ。本書は日本で初めての本格的なドイツ会社法の概説書であり、ドイツの会社のありようと仕組みの全体像を知ることができる。

   ドイツ法では、会社の原型は民法上の組合であり、共通の目的をもった人的結合体とされる。ここから労働者と資本家の共存の場として株式会社を捉える企業観も生まれる。最近では、ドイツ・コーポレート・ガバナンス規準にも反映され、取締役の行動基準としての「企業の利益」の概念が示されている。

   企業の利益とは、株主だけでなく労働者や企業と結びつきのあるステークホルダーの利害も含む広い概念だ。取締役はこの企業の利益のため、継続的に価値を創造する目的のため指揮をしなければならないとされる。株主利益最大化を原則とし、会社を契約の束とみる米国流の会社観とはかけ離れている。こうしたドイツの会社観を支える制度として、監査役会の構成員についての労使共同決定法があることも分かる。

   株主間には誠実義務の考え方もある。株主平等原則と並び、会社の内部関係を律する原則である。日本では株主平等原則はあるが、誠実義務の考え方はない。これは、一言で言えば多数派株主(支配株主)の権限濫用や横暴から少数派株主を守るための法理である。資本多数決原則をも修正できる。ドイツでは、第2次世界大戦前から判例で認められてきた。戦後も判例でこの法理が発展してきた。この背景には、やはり会社を共同体とみる思想がある。日本でも少数派株主の締め出しが盛んになり、今後、会社法の改正で制度整備が予定されているが、根本にある誠実義務の法理を学説や判例で確立する必要があるように思う。

   ドイツでは株式の取得を通じたコンツェルン(企業結合)が多く、従属会社の立場にある少数派株主などの保護を目的とした企業結合法も整備されている。さらに債権者保護を目的とした資本制度も充実している。こうした手厚い制度が、会社法上の正義の実現やドイツ企業に対する長期的信頼を強化する機能を果たしている、と著者は指摘している。

   1990年代、米国経済は躍進したが、逆にドイツ経済は不況に苦しんだ。このため、ドイツでも、米国流の株主価値を重視する考え方が台頭した。しかし、2000年代末に、企業が売上高や株価といった短期の指標に気を取られるあまり長期の成長に配慮することを見失っていると指摘されるようになり、企業に長期のインセンティブを与えるよう取締役報酬の仕組みも変えた。こうしたこともあり、2010年代に入り、ドイツ経済は戦後の復興期に次ぐ大好況を迎えた。

   今後、ドイツ会社法はどちらに向かうのか。世界で会社法の米国法への収斂が進み、ドイツでも授権資本制度や経営判断原則などが一部修正されて導入された。しかし、コーポレート・ガバナンスのあり方は、企業の長期的信頼とステークホルダーの利益を重視する方向、即ちドイツの原型を再構築する方向へ向かい、米国型に収斂しないであろう、と著者はいう。

   本書では、合名会社、合資会社といった人的会社や株式会社、有限会社などの資本会社が歴史的発展に即して説明されている。初めに人的会社について詳しく解説されていて、会社とは何か、ということが頭に入りやすくなっている。ドイツの会社法教育では、日本と異なり、株式会社から学び始めるという方式をとらず、民法上の組合・人的会社から学び、最後に資本会社について学ぶ方法が取られているという。本書を読みながら、そのほうが合理的だと実感した。

   本書にはドイツはもちろん日本の文献もたくさん引用されている。改めて、日本のドイツ法について先学や同時代の学者の足跡を感じる。ただし、最近は地方の大学や私立大学の学者の研究が多いことに気がつく。著者も大阪市立大学教授である。日本の法学をリードしてきた東京大学法学部・大学院でドイツ法の研究が手薄になっているのではないか。米国法の研究に傾斜する教授陣が多く、株主利益最大化原則を標榜する学者も出ていた。こうしたことと日本の会社活動の長期停滞との関係は分からないが、今、ドイツ会社法に光を当てた本書の価値は大きい。
   (川端久雄〈マール編集委員、日本記者クラブ会員〉)

 

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