[寄稿・寄稿フォーラム]

2013年12月号 230号

(2013/11/15)

M&A取引における情報管理の実務上の留意点

 玉井 裕子(長島・大野・常松法律事務所 パートナー 弁護士)
 鈴木 明美(長島・大野・常松法律事務所 パートナー 弁護士)
  • A,B,EXコース

I はじめに

  M&A取引における情報管理は、案件の成否を左右しうる最も重要なタスクの一つであることにつき、異論はないだろう。

  取引に関する情報が適切に管理されない場合、当事者及び関係者によるインサイダー取引規制や独禁法(競争法)等の法令違反を惹起する可能性があるのみならず、意図せぬ情報の漏洩(リーク)によって、特定の取引ストラクチャーの実施が困難になったり、取引内容・経済条件の変更を余儀なくされたりすることもある。

  例えば、公開買付け案件において、誤った価格予想のあるいは価格の示唆のないリーク報道に反応して、予定していた公開買付け価格を株価が上回ってしまう場合、タイミングにもよるが、事実上公開買付け価格の上乗せを余儀なくされたり、取引のスケジュールを大きく遅延させる事態につながったりということが生じる。また、上場株式の第三者割当増資を含む資本業務提携案件において、リーク報道を好感して株価が上昇した場合、会社法上の有利発行規制の解釈上、取締役会による発行決議の日を基準として直前日又は一定の参照期間の平均株価に0.9 を乗じた額未満の価額が「特に有利な金額」(会社法199条3項)の一つの目安とされている(注1)こととの関係で、悩ましい解釈問題も生じ得る。

  上のようにリークが取引価格に影響を与える場合のほか、法的拘束力のある契約の締結前にリークがなされた結果、対象会社の労働組合その他の関係者による反対の動きが出て案件が頓挫する場合や、対抗当事者が登場することにより相対取引から入札案件になる場合等もある。

  本稿においては、情報管理という観点から最も配慮が必要となる上場会社を関係者とするストラテジックなM&A取引を念頭におき、情報管理に関して実務上特に留意すべき点を概観することとする。

II 基本合意書

(1) 概要

  一定規模以上のM&A取引においては、最終契約の締結に先立ち、当該取引について当事者間で一定の基本的な合意や共通理解が形成されたところで、そのような合意や理解の内容を記した書面を取り交わすことが多い。このような書面は、基本合意書、覚書、MOU(Memorandum of Understanding)、LOI(Letter of Intent)等の様々な呼称で呼ばれる(本稿においては、以下「基本合意書」と総称する。)。

  その内容も、案件に応じ多種多様である。交渉のごく初期段階で締結される場合、最終契約締結及び取引の実行に向けて誠実に交渉する義務、取引の検討のためのデュー・ディリジェンスへの協力義務、一定期間独占的に交渉する義務、秘密保持義務等が定められることが多い。他方、ある程度交渉が進んだ段階で締結される場合には、取引ストラクチャー、取引価格、実行時期その他の基本条件が比較的詳しく定められる場合もある。

  また、基本合意書の内容のうち、通常法的拘束力があるものとされる秘密保持義務や独占交渉義務等を除き、どの範囲で法的拘束力を持たせるかも、案件ごとに異なる。

(2) 基本合意書の適時開示義務

  金融商品取引所規則上、上場会社又はその子会社によるM&A取引の決定は、軽微基準に該当する場合を除き、基本的に適時開示義務の対象となる。そこで、基本合意書の当事者が上場会社又はその子会社である場合、当該基本合意書の締結が金融商品取引所規則に基づき適時開示義務の対象となるかが問題となる。

  基本合意書の開示義務の判断にあたっては、実質的な意思決定機関が当該取引の実行を事実上決定した(注2)といえるかが重要な要素となる。最終合意や取引実行に至らない可能性が相当程度あるにもかかわらず基本合意書を開示すれば、市場に対してかえって不正確又は誤解を招く情報を出すことにもなることから、決定の有無は、合意の成熟度や取引実行の蓋然性も勘案して慎重に判断する必要がある。

  この点、誠実交渉義務や協力義務が定められたのみであれば、そのような基本合意書の締結を承認する意思決定があったことをもって当該取引に関する事実上の決定があったとは通常解されないであろう。他方で、基本合意書において取引の基本条件が法的拘束力のある形で合意されている場合、その機関決定により原則として当該基本合意書の開示が必要となることは異論がないと思われる。

  実務上多く問題となるのは、取引の基本条件が合意されているが、かかる合意は法的拘束力を有しないと定められている場合である。

  この点、最終合意に近い合意であれば、当事者としては法的拘束力をもたせる動機付けが働くことが多いと思われることから、法的拘束力の有無は合意の成熟度を示す一要素にはなると思われる。しかし、法的拘束力を有しないと明記されている場合であっても、当事者間の検討・協議の状況等によっては当該取引について事実上の決定がなされたと評価される場合もあり、法的拘束力の有無のみによって開示の要否が決定されることにはならない点には留意が必要である。

  このような開示を巡る悩ましい問題を回避するため、基本合意書においては法的拘束力を有しないこと、取引の実行(又は最終契約の締結)までには別途取締役会の決議を要することを明記するとともに、取締役会においては、基本合意書の締結に関して決議は経ないこととし、案件の進捗報告と質疑応答にとどめるといった実務上の対応をしている例も見られるところである。

(3) 基本合意書を開示する実務上のニーズ

  取引の規模や性質等によって、取引の遂行上案件を公表する実務上のニーズがあり、一定の書面の締結時点で、積極的に案件の開示を行っていると考えられる場合もある。

  典型的な例としては、当該取引について大規模なデュー・ディリジェンスや競争法上の手続等の検討・準備が必要となるため、案件を公表して多くのリソースを投入すると共に必要な情報へのアクセスを容易にする場合が挙げられる。特に、競争法上当局による実質的な審査が行われることが想定される案件においては、当局による審査の公表の可能性(注3)、当局の審査が長期間に及ぶ可能性、審査に対する実質的対応のやりやすさ及びリーク時の影響等を踏まえ、予め公表しておくことに一定のメリットがある。

 

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