[特集インタビュー]
2014年2月特大号 232号
(2014/01/15)
【第1部】「アベノミクス」を巡る誤解――経済学を知らないエコノミストたち
巷間に流布する俗説の誤り
-- 「大胆な金融政策」、「機動的な財政政策」、「民間投資を喚起する成長戦略」の3本の矢によって、長期にわたるデフレと景気低迷からの脱却を図ろうという「アベノミクス」の成果に期待が寄せられています。直近の日銀短観を見ますと、企業の景況判断DI(景気が「良い」-「悪い」)は総じて改善しており、大企業・製造業ばかりでなく、中小企業非製造業の業況判断DIがプラスに転じました。同指数がプラスに転じたのは1992年以来のことになります。これを見てもアベノミクスによる金融政策の大転換で20年弱に及んだデフレと経済停滞を克服しつつあるかに見えます。
しかし、アベノミクスの第1の矢である大胆な金融緩和政策、いわゆるインフレーション・ターゲティング政策に対しては、いまだに批判が少なくありません。例えば、日本銀行が量的緩和をしても銀行は貸し出しを増やそうとしないから、貨幣(現金と預金)は増えない。したがって、デフレを脱却できないと主張するエコノミストもいます。まず、アベノミクスの第1の矢について竹中先生はどのように評価しておられるのか、そこから伺いたいと思います。
「日本銀行だけが頑張ればデフレが克服できるわけではありません。そのように誤解している、あるいは誤解させるような論調がありますので、これはしっかり認識しておかなければならない点だと思います。その上で申しますと、しかしながら日銀の責任は極めて大きいということです。まずデフレとは何かについての認識をしっかり持つことが大切です。デフレ現象についてはオリックスの宮内義彦会長(取締役 兼 代表執行役会長・グループCEO)が単純明快に説明しておられます。『お金を持っている人はモノを買ってはいけません、なぜならモノの価値が下がるからです。お金を持っている人は投資をしてはいけません、なぜなら投資の価値が下がるからです。お金を持っている人は何もしないでじっとしていなさい。そうするとリスクなしで、物の価値がどんどん下がっていくから、自分の資産が増えていきます』。つまり、デフレ経済の下では、消費も投資も進まないということです。経済が停滞するのは当たり前で、諸悪の根源はデフレにあると考えた安倍(晋三)総理は誠に正しい。しからば、デフレの原因は何なのかということですが、デフレとは、宮内会長が言うようにモノの値段が下がり、お金の価値が上がり続ける状態、つまり貨幣的現象です。したがって、デフレを解消するには、まず金融を緩和しなければいけないということになるのです。
よく、『不況になったら公共投資を増やせばいい』という意見を聞きますが、どういう理由で不況になったのかによって、政策の選択肢として公共投資がいい場合もそうでない場合もあるのです。したがって、なぜモノの値段が下がるのか、ということを考えなければ正しい政策は打てないということです」
大罪を犯した日銀
「なかには、ユニクロが中国から安い製品を持ち込んでいるから日本はデフレになったのだということを言うエコノミストがいます。これは間違った俗説です。中国で作られた安い製品は日本だけでなく米国はじめあらゆる国に輸出されています。にもかかわらず、先進国の中で日本だけがデフレになっているのはなぜなのか。“デフレ元凶ユニクロ説”ではそれを説明できないのです。同じような俗説の中には、『日本は人口が減っているからデフレなのだ』というものもあります。たしかに、人口が減少すると需要が拡大しにくくなりますからデフレになりやすいということは言えます。そこまでは間違ってないけれども、世界で人口が減っている国は24カ国もあるのです。例えばロシアも人口が減っています。しかし、ロシアの物価上昇率はプラス6%です。したがって、人口減が日本のデフレの原因だという説も日本のデフレに対する説明にはなり得ません。
残る理由として考えられるのは、需要が不足しているということですが、日本は2006年、2007年と需要不足ではありませんでした。需給ギャップはゼロだったのです。2006年というのは、小泉(純一郎)内閣から第1次安倍(晋三)内閣に引き継ぐ年で、私はあの時政府の中にいました(総務大臣)が、『これで日本のデフレは克服できる』と思った矢先、何を思ったか2006年3月に、日銀はそれまで5年間行っていた量的緩和をやめて金融を引き締めました。これによって、デフレ克服はできなくなった。私はそういう意味で、日銀の責任は極めて大きいと思います。本当に大罪を犯したと思う。
そのことを、私と同じように悔しい思いで見ておられたのが、当時内閣官房長官だった安倍さんだった。だから、総理になってすぐ日銀と政府との関係を変えたわけです。日銀と政府の間で、明示的な2%の物価目標というアコード(政策協定)を結んで、それを実行するために新しい総裁を置いた。新しい総裁に就任された黒田東彦さんは、私も長年存じ上げていますけれども、経済学の高い知見を持った立派な方です。そして、2013年4月4日の最初の日銀政策決定会合で、2年間でベースマネーを2倍にするという非常に分かりやすいメッセージを出しました。その政策を今実施しているわけです。そういう意味では、『アベノミクス』の1本目の矢はちゃんと今、飛び始めているということです。ただし、金融政策が変わってから、それがフルに効果を発揮するまで普通は2年程度かかります。中央銀行が明確な物価目標を持ち、ベースマネーを増やし続けることにコミットすることで予想インフレ率が上昇し、個人や企業が、デフレ時代に貯め込んでいた現金を投資に向け始めます。しかし、デフレ時代に貯め込んだお金は相当な額なので、借り入れに頼らなくてもしばらくの間はこのお金を回転させるだけで資金が賄えます。銀行の貸し出しが増え始めるのはその後になりますからタイムラグがあるのです。実際、米国や日本でもかつての世界大恐慌から脱出する際には3年ぐらい長期金利は上がりませんでした。ですから、安倍内閣もタイムラグの間はじっくりとやらなければならない。場合によっては、米国の金融政策の動向といった外部要因や消費税の引き上げによる経済のマイナスの影響などを見極めながら、次なる一手を日銀が取る可能性は十分にあると思います」
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