[書評]

2014年10月号 240号

(2014/09/15)

今月の一冊 『エッセンシャルIFRS (第3版)』

 秋葉 賢一 著/中央経済社/3400円(本体)

今月の一冊 『エッセンシャルIFRS (第3版)』秋葉 賢一 著/中央経済社/3400円(本体)  国際会計基準(IFRS)を任意適用する日本企業が増える中、任意適用のハードルが低くなるほか、修正版国際基準(日本版IFRS)もできる。IFRSへの関心が再び高まりそうだ。本書でIFRSの基本的な考え方や主な会計処理の方法を知っておくのも良い。

  日本を代表するメーカーの役員が以前、「IFRSは買収会計だ。我々は買収されるために日々業務をしているのではない」と公の席でIFRSへの反発ぶりを口にしていた。IFRSは資産負債を重視し、何でもかんでも公正価値で評価し、あたかも、のれん(自己創設のれん)を含めた企業価値を出すための会計だというのである。本書を読むと、こうした誤解も大方解ける。

  確かにIFRSは資産負債アプローチを採る。ただし、基本となる概念フレームワークで、資産や負債を先に定義し、その定義から収益や費用などの定義を導き出す構成を採っているにとどまる。それを超えて、貸借対照表を重視し、測定レベルで資産や負債を公正価値で評価するといった考え方は採ってはいない。

  IFRSで公正価値による測定を推し進めているのも金融商品や不動産の一部にとどまる。個別のIFRSの開発で、公正価値の採用が強調される場合もあるが、長期的には是正されていくことが期待されると、著者は言う。

  では、のれんの扱いはどうなっているのか。上場企業の場合、自己創設のれんの資産計上は技術的には問題はないが、今、計上しないのは、財務報告の目的に役立つわけではないと考えられているからだと言う。また、概念フレームワークでは、財務報告は、企業価値を示すことが目的ではないとしている。この点からも、自己創設のれんの資産計上は否定しているように見えるが、将来どうなるかは、明示的に議論されていないため定かでないとしている。

  企業価値やのれんを見積もるのは投資家など利用者である。企業価値評価では、将来キャッシュフローの予測が要になる。個々の資産や負債を公正価値で測定しても、のれんの算定にはつながらない。財務報告が提供する利益情報は基本的に過去の成果を表すものだが、将来キャッシュフローの予測に欠かせないのだ。

  では、IFRSの利益情報はどうなっているのか。包括利益、純利益、その他の包括利益が概念的にどのようなものかが示されておらず、会計基準ごとに混迷がみられる。包括利益が中心で純利益の意味が希薄になっている。財務会計の数値の信頼性を担保してきたクリーンサープラス関係も純資産と包括利益の間で確保されているだけだ。

  これに対し、日本は純利益を中心に置く。その他の包括利益から純利益への組み替え(リサイクリング)を行い、株主資本と純利益、純資産と包括利益の2つでクリーンサープラス関係を維持している。複式簿記の伝統を引き継ぎ、資本が示される貸借対照表と利益が示される損益計算書との間での連繋が保たれているのだ。著者は、この点で日本の方が優れているとしている。

  本書には、IFRSの組織再編など各種の会計基準の解説も盛り込まれている。金融危機後に改正されつつある金融商品会計の概要も分かる。株式(資本性金融商品)は、公正価値で測定し、変動分(評価差額)は当期の損益として処理することが原則だが、その他の包括利益で認識できる選択肢も認めた。日本の持ち合い株への配慮だといわれている。ただし、売却損益や減損損失はリサイクリングを禁止している。株式の減損処理の会計基準を適切に開発できないことが背景にあったとすれば、職責放棄だと批判している。

  監査法人で公認会計士の仕事をしていた著者は、企業会計基準委員会の発足とともに、同委員会に専門研究員として出向した。海外の専門家と議論した体験などを生かし、今は大学院で教壇に立つ。

(川端久雄<マール編集委員、日本記者クラブ会員>)
 

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