[M&A戦略と会計・税務・財務]

2015年7月号 249号

(2015/06/15)

第97回 M&Aを敗者のゲームとしないために

山岡 久之(プライスウォーターハウスクーパース パートナー)
  • A,B,EXコース

1. はじめに

  過去6ヶ月ほどの間に日本企業による海外M&Aの失敗事例を取扱った書籍が数冊出版された。また、本年(2015年)4月から5月にかけて、日本を代表する事業会社より、最近子会社化した海外企業に関連して目を引くプレスリリースがあった。これは、子会社化のプレスリリースの後、2か月後には当該海外子会社が破産手続開始申し立ての検討を始めた旨の公表を行ったというものである。この例は極端な事例かとも思うが、買収手続き完了後に買収先企業において問題が発覚したという事例は数多い。

  筆者は、過去10年以上にわたり多くのM&Aに関連するデュー・ディリジェンスに関与させていただいた。それらの経験を通じて感じる事は、M&A/デュー・ディリジェンスとは、本質的には「敗者のゲーム」ではないか、という事である。M&A/デュー・ディリジェンスに勝ち・負けはないが、M&Aのプロセスにおいてデュー・ディリジェンスの実施後に何らかの想定外の問題が生じた場合には、当該M&Aにおいて買手企業は敗者であると考える事もできよう。

  「敗者のゲーム」はチャールズ・エリスによる著書であり著名な株式投資に関する書籍名である。この中でエリスは、証券市場においては市場平均利回りを上回る(すなわち、市場に勝つ)成果を出す事が極めて難しくなっており、投資においては、勝つ戦略ではなく負けない戦略(証券投資の場合には、インデックス・ファンドの活用)を立て、強い自己規律の下で、その方針を守ってゆくことが大切である、と言っている。そして、このような戦略を立て実行することで、長期的な経済成長に見合う各資産の長期リターンを獲得することができると。

  M&Aの現場にいる方々は皆理解されていると思うが、M&Aにおいては売手と買手の間に圧倒的な情報量の差が生じている。したがって、クロージングするまで買手企業が必要とする情報は必ずしも十二分には入手できず、一定の限定的な情報を基礎とした仮説の下でM&Aプロセスを進めなければならない。M&Aにおける「成功」をどのように定義するかという問題もあるが、M&Aが上記のような環境において進められる事を考慮すると、買手企業としては「負けないためのゲームプラン」、すなわち、「仮に失敗をしても小さなものに限定」できるようにプロセスを進める必要がある。

  読者の理解のとおり、M&Aは個々の取引の個性が強いため(例えば、同一業界の海外M&Aであってもドイツ企業の買収とブラジル企業の買収とでは、注意すべき論点は異なるであろう)、本稿の目的は個別事例に対してコメントする事ではなく、読者にM&Aの実行において参考となる考え方等を共有していただく事にある。なお、本文中の意見に関する部分は、筆者の私見であることをあらかじめお断りする。

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