[書評]

2016年8月号 262号

(2016/07/15)

今月の一冊 『決定版 これがガバナンス経営だ!』

 経営共創基盤 冨山 和彦、澤 陽男 著/東洋経済新報社/1800円(本体)
 [評者] 渡部 恒弘(CVC Asia Pacific Japan 会長)

今月の一冊 『決定版 これがガバナンス経営だ!』経営共創基盤 冨山和彦、澤 陽男 著/東洋経済新報社/1800円(本体)  私は30年間勤務した長銀が破綻した後、今日まで外資系金融機関で働いている。最初は欧州系の投資銀行UBSで7年働き、次に米系投資銀行のMorgan Stanleyで3年お世話になった。現在は欧州に本社を置くCVCというグローバルな投資会社で6年間会長を務めている。この欧米の外資系金融機関で勤務した13年間に実に多くの上場企業の会長、社長やCFOとお話しする機会を得た。お会いすると彼らは世間話から始まって、業界の動向、自社の置かれている状況、将来の戦略など滔々と述べられた。

  お聞きしている限りは、その会社の目指す事業戦略等に誤りがあるとは思えなかった。但し、その経営者達が、言っている通りに会社を経営できればとの前提条件がつく話だと思った。ご案内の通り、最近は日本を代表するような企業の不祥事が続いている。しかもそのスキャンダラスな不祥事の主役はそれら企業の会長、社長などトップの人間である。最近は東芝、三菱自動車、東洋ゴム等、ちょっと古くは10年前に起きたカネボウの巨額粉飾事件が有名だ。何故かような一流企業と呼ばれる有名企業が絶対にご法度の粉飾決算などをいとも簡単にやってしまうのであろうか。彼らはもしその粉飾決算が世の中に明らかになった時は、その従業員や家族を、さらには取引先まで路頭に迷わせてしまうという事を考えなかったのであろうか。これらの企業経営者には厳しい断罪が下されて当然であると言わざるを得ない。

  少し企業のコーポレート・ガバナンスを深堀したい気持ちになって書店に立ち寄った。私自身もある上場企業の社外取締役をやっており、当該上場企業では社長を含めコーポレート・ガバナンスについては絶えず活発な議論をしている。

  書店でコーポレート・ガバナンスを扱っている本は数多あるが、パラパラと本をめくっている私の目に入ったのは経営共創基盤の代表取締役をしている冨山和彦氏の「これがガバナンス経営だ!」という本であった。

  冨山氏には何度かお会いしているが、議論をするとその舌鋒は鋭く、正鵠を得ている。

  私がその本に注目したのは、冨山氏は本書で、ガバナンスとは単なるコンプライアンスや内部統制という“守り”だけをターゲットとしている訳ではなく、“攻め”も当然ターゲットとしていると言っているところだ。冨山氏によれば、10年前に起きたカネボウの巨額粉飾事件も、その根っこは“事業の選択と捨象”を先送りし続けた歴代経営陣の“不作為の暴走”による本業の競争力喪失であり、更にはそんな経営陣を選び続けたガバナンスの不全であると厳しく断じているが、全く同感である。

  冨山氏は、粉飾決算はそこから生じた長期にわたる業績不振と財務体質の悪化を隠蔽し、会社の破綻を回避するため集団的な同調圧力の中でそれぞれの現場で行われた小さな違法行為の積み重ねに過ぎないと言っている。業績不振に陥り利益も出ず、株価も下がってくるような状況になると、経営者の頭の中にはふと姑息な手段を考えるようになることがあると某経営者が言った事がある。先般の東芝、三菱自動車、東洋ゴム事件を新聞等で知ったとき、他にもドキッとした経営者は結構いるのではないかと思う。ドキッとした経営者は今一度、冨山氏の言っている「ガバナンスというのは守りだけではだめですよ、攻めも非常に重要なのですよ(事業の選択と捨象)」という言葉を胸に刻んで欲しい。最後に私のフランス駐在時代にフランス総合化学・製薬会社であったローヌプーラン(現在のサノフィ)のブリューエル社長に呼ばれて訪問した時の話を紹介したい。

  彼は私の顔を見るや否や、「ワタベ、実は当社はリヨンにポリエステルフィルムを作っている子会社があるが、今般売却することに決めた。ついてはこの会社に興味を持つ日本の会社を見つけて欲しい」と言ったのだ。「当該リヨンの子会社は非常に利益を出しているではないですか、それなのに何故?」と聞くと、「ここ数年は結構利益を出せるが、数年先この事業はローヌプーランにとってはノンコアになる。今であればこの子会社は利益もしっかり出ているので高く売れる、だから売るのだ。その売却で得た資金は戦略部門の強化に使う」と明快な答えが返ってきた。

  このブリューエルさんの話を冨山氏の「これがガバナンス経営だ!」の書評につけ加えさせていただき、日本企業の経営者によく考えてもらいたいと思う。

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