1. はじめに 2023年12月、M&A仲介業者(以下「仲介者」という。)の自主規制団体である一般社団法人M&A仲介協会は、倫理規程と業界自主規制ルール規程(広告・営業規程、コンプライアンス規程、契約重要事項説明規程の3つで構成)を策定・公表した(以下これらを総称して「自主規制ルール」という。)。これは、2020年3月に策定され、2023年9月に改訂された中小企業庁「
中小M&Aガイドライン」第2章Ⅱ3(6)において、「M&A仲介業務・・・に従事する、可能な限り多くの事業者の積極的な関与の下、支援の質の底上げ等のために、業界としての統一的なルールを作り、それを遵守する等の取組が期待される」と規定されたことを踏まえて策定されたものと思われる。中小M&Aガイドラインの改訂によって、仲介者は、善管注意義務・忠実義務を負うほか、仲介取引が性質上有する構造的な利益相反のリスクから、依頼者であるM&A当事者双方いずれに対しても公平・公正でなければならず、いずれか一方の利益を優先し、又はいずれか一方の利益を不当に害するような対応をしてはならないとされ(公平・公正義務)、仲介者の負う義務と行為規範が相当程度明確化された(なお、筆者は改訂中小M&Aガイドラインについても、「中小M&Aガイドライン〔第2版〕のM&A仲介実務に与える影響と仲介者の行為規範」と題する論稿(旬刊商事法務2023年12月25日号)で検討を行っているので、あわせて参照していただけると幸甚である。)。自主規制ルールでは、仲介者の問題となるより具体的な行為をとりあげて類型化・ルール化しており、実務への解像度を高めたものとなっている。自主規制ルールはM&A仲介協会の会員企業に適用されるものであるが、会員でない仲介者にとっても、また、広く中小M&Aに関与する当事者や隣接アドバイザーその他の関係者にとっても、中小M&Aに極めて大きな役割を果たしている仲介者のあり方について理解、検討する上で大変有用かつ興味深い内容となっている。そこで本稿では、仲介者の利益相反関係の規定を中心として特に印象的だった3点について紹介、コメントを試みたい。
2. 利益相反行為の類型 コンプライアンス規程4条は、1号で「会員は、依頼者の利益を犠牲にして自己又は第三者の利益を図ってはならず、いずれの依頼者に対しても中立・公正でなければならず、依頼者に対する利益相反行為を行ってはならない。」とした上で、2号で「前号の依頼者に対する利益相反行為には、次に掲げるものが含むが、これらには限られない。」として禁止される利益相反行為のうち特に重大な問題となりやすい類型を以下のとおり例示列挙している。
イ 譲り受け側から追加で手数料を取得し、その見返りに譲り渡し側にとって最適な譲り受け側を探索するのではなく、当該譲り受け側とのマッチングを優先的に行う行為
ロ 譲り受け側から追加で手数料を取得し、その見返りに優越的な扱いで当該譲り受け側との成立を優先し、不当に低額な譲渡価額に誘導する行為
ハ 正規の手数料とは別に、譲り渡し側の希望価格よりも高く売却できた場合に、その超過分の一定割合を成功報酬として要求する行為、又は譲り受け側の希望価格よりも安く買収できた場合に、その減額分の一定割合を成功報酬として要求する行為
ニ 一方当事者から伝達を求められた事項を他方当事者に対して故意に伝達せず、又は一方当事者が実際には仲介者に告げていない事項を偽って他方依頼者に伝達し、条件・対価・手数料等を仲介者に有利に操作する行為
ホ リピーターである依頼者を優遇するため、他方当事者に条件・対価の点で不利益になる形で便宜を図る行為
上記イとロは、
■筆者プロフィール■
柴田 堅太郎(しばた・けんたろう)
柴田・鈴木・中田法律事務所パートナー弁護士。2001年弁護士登録(第一東京弁護士会)、2007年ニューヨーク州弁護士登録。M&A、スタートアップファイナンス、ジョイントベンチャー、コーポレートガバナンスなどのコーポレート案件を主な取扱い分野とする。長島・大野・常松法律事務所を経て、2014年に現事務所を開設。主要著書として、「中小企業買収の法務-事業承継型M&A・ベンチャー企業M&A」(中央経済社、2018年)《第13回(2018年度)M&Aフォーラム賞正賞受賞》、「ストーリーで理解するカーブアウトM&Aの法務」(中央経済社、2022年)《第17回(2022年度)M&Aフォーラム賞正賞受賞》がある。