本ガイドラインの策定当時(2020年3月)、後継者不在の中小企業にとって、M&Aを通じた第三者への事業の引継ぎは事業承継の重要な手法の1つであると考えられていたが、実際にはM&Aにより社外の第三者による引継ぎをせずに廃業に至ってしまうケースも多いと考えられた。そこで、M&Aを通じた第三者への事業の引継ぎを促進するために、本ガイドラインにおいては、M&Aに関する知見がない中小企業の経営者に向けてM&Aを適切な形で進めるための手引きを示すとともに、M&A支援機関がそれぞれの特色・能力に応じて中小企業のM&Aを適切にサポートするための基本的な事項や行動指針を併せて示している。
また、初版策定後、2021年4月に「中小M&A推進計画」が策定され(注2)、同年8月には、同計画に基づき、「M&A支援機関登録制度」が創設された。当該制度において、登録を希望するM&A支援機関に対して本ガイドラインの遵守宣言を求めるなどし、M&A専門業者をはじめとした支援機関に対し、本ガイドラインに記載された行動指針の普及・定着を図ってきたところである。
本ガイドラインの策定・公表から3年が経過する中で、中小企業を当事者とするM&Aの市場の拡大に伴い、特に、マッチング支援やM&Aの手続進行に関する総合的な支援を専門に行うM&A専門業者(主に仲介者や
FA(フィナンシャル・アドバイザー))の顕著な増加も背景として、M&A専門業者の契約内容や手数料のわかりにくさ、支援内容への不満、M&A仲介者に関する利益相反の懸念等が課題となっていると考えられた。
今回の改訂は、上記のような課題を踏まえ、特にM&A専門業者向けの基本事項を拡充するとともに、中小企業向けの手引きとして仲介者・FAへの依頼における留意点等を拡充するものである。本稿は、その主な改訂内容について解説する。
本稿では、改訂前の本ガイドラインを「初版」、改訂後の本ガイドラインを「第2版」と表記する。また、本稿の意見に関する部分は、現時点における筆者らの個人的見解である。
また、各種契約書サンプル等をまとめた「参考資料」においても、今回の改訂により、説明が要することとなった重要事項説明書のサンプルの追加等の拡充を図ったため、併せてご覧いただきたい。
二 本ガイドラインの主な構成 本ガイドラインは中小企業経営者(第1章)と支援機関(第2章)それぞれに対して、中小M&A(注3)の適切な進め方を提示するものである。
第1章では「後継者不在の中小企業向けの手引き」として、後継者不在の中小企業にとってM&Aを検討し、実行するための手引きとなる指針を示している。後継者不在の中小企業の経営者は、第1章を参照いただきたい。
また、第2章では「支援機関向けの基本事項」として、支援機関が中小企業に対してM&Aの検討・実行の支援を行うに当たり、基本的な事項を記載した指針を示している。
第2章「Ⅰ 支援機関としての基本姿勢」では、支援機関の類型を問わず、広く中小M&Aの支援に携わる支援機関向けに、依頼者(顧客)の利益の最大化という支援の基本姿勢を記載している。さらに、「Ⅱ M&A専門業者」以降では、支援機関の類型(M&A専門業者、金融機関、商工団体、士業等専門家及びM&Aプラットフォーマー)ごとの支援の特色や求められる取組等を示している。支援機関は、第1章と併せて第2章も参照いただきたい。
三 改訂の全体像 今回の本ガイドラインの改訂のポイントは、大要、以下のとおりである。
第1に、仲介者・FAの手数料の整理についてである。実務上多く用いられる算定方式(レーマン方式)について依頼者である中小企業において留意すべき点を明記し、また設定されることが多い最低手数料について金額の分布状況や適用事例を紹介した。
第2に、M&A専門業者の支援の質の確保・向上に向けた取組みについてである。M&A専門業者には、依頼者との間の契約上の義務を履行し、職業倫理を遵守することが求められる旨を明記し、そのためには知識・能力の向上、適正な業務遂行を図ることが重要であり、個々のM&A専門業者やM&A仲介・FA業界に求められる取組みに関する記載を追加した。
第3に、仲介契約・FA契約締結前の書面による重要事項の説明である。M&A専門業者は、契約締結前に契約に係る重要な事項を記載した書面を交付等して、明確な説明をすることが求められることなどを明記した。
第4に、直接交渉の制限に関する条項における留意点についてである。一般に、仲介契約またはFA契約には、依頼者である中小企業が、M&Aの相手方となる候補先と、M&A専門業者を介さずに直接、交渉または接触することを禁じる旨のいわゆる直接交渉の制限に関する条項を設けることがある。かかる条項を設ける場合の留意点を明記した。
以上のほか、中小企業が仲介者・FAを選定するに当たっての留意点(仲介者・FAの特徴等の見直し、セカンド・オピニオン、マッチングにおける支援機関の活用等)について改訂している。
また、本ガイドライン策定後、進展した行政の取組み(登録制度の創設・情報提供受付窓口の開始、事業承継・引継ぎ支援センターへの発展的改組、所在不明株主の会社法特例(注4等)や民間の取組み(自主規制団体であるM&A仲介協会の創設・苦情相談窓口の開始、
表明保証保険等)を取り上げている(以上の改訂の概要について図表1参照)。
以下では、本ガイドラインの章立てに従って、後継者不在の中小企業向け手引き(第1章)および支援機関向けの基本事項(第2章)の主な改訂箇所について解説する。
四 後継者不在の中小企業向けの手引き(第1章)に関する改訂 1 仲介者・FAの比較 本ガイドラインでは、仲介者・FAの選定する場合の留意事項を解説しており、その中で仲介者・FAの比較を行っている。第2版では、契約の相手方等、特徴、活用例について整理を行った。詳細は下記図表2をご参照願いたい。
また、仲介者による支援業務については、本ガイドラインでは、仲介者における利益相反のリスクにより提供できる業務が限定されるとしていることについて、仲介者・FAの比較の項目においても追記した。
2 仲介契約・FA契約の内容 本ガイドラインでは、仲介契約・FA契約の内容について、中小企業が留意すべき項目別に解説している。第2版では、仲介契約・FA契約の主なポイントとして「手数料の体系等」の記載を拡充するとともに「直接交渉の制限に関する条項」「責任(免責)に関する条項」の項目を新設するなどした。
3 セカンド・オピニオン (1)類型の整理
第2版では、セカンド・オピニオンを求める他の支援機関(相談先)に応じて、セカンド・オピニオンを2つの類型に分けて整理した。すなわち、支援を受けようとする、またはすでに支援を受けている元の支援機関と同様の業務を提供する者による意見や助言を「狭義のセカンド・オピニオン」とし、元の支援機関と異なる業務を提供する者、特に士業等専門家(公認会計士、税理士、弁護士等)や事業承継・引継ぎ支援センターによる意見や助言を「広義のセカンド・オピニオン」と整理した。
(2)利点と留意点等
セカンド・オピニオンには、依頼者の意思決定を後押しし、安心してM&Aを進める上で有効であるという利点が認められることを明記した。
他方で、同業他社である仲介者・FAから意見を求める場合(狭義のセカンド・オピニオン)、相談先の仲介者・FAがセカンド・オピニオンを営業の機会ととらえ、中立性・客観性の欠く内容になる可能性があるという留意点を指摘するとともに、重要な事項(譲渡対価の決定やM&Aの最終契約の内容等)に関してセカンド・オピニオンを求める場合には、M&Aに詳しい士業等専門家や事業承継・引継ぎ支援センターへ相談すること(広義のセカンド・オピニオン)が望ましい旨を明記した。
また、仲介契約・FA契約の内容の主なポイントにおける「秘密保持」や「専任条項」に関しても、セカンド・オピニオン(特に広義のセカンド・オピニオン)が受けられるよう契約内容をあらかじめ確認しておくことが望ましい旨、注意喚起している。