[M&Aスクランブル]

(2021/02/02)

M&A人材の育成が難しいのはなぜか (4)

第37回 M&A実践実務講座を開催します(2/24より3日間) -オンデマンド配信とライブ配信を組み合わせて学習効果を高めます

株式会社レコフデータ M&Aフォーラム 人材育成塾 企画チーム
 このシリーズでは、これまで数回にわたってM&A人材育成塾のセミナーの紹介や、M&Aを学ぶ際の注意点やコツなどを述べてきました。

 今回もM&A実践実務講座の紹介に加え、M&Aを学ぶ上でのテーマとして、「コーポレート・ガバナンス」または「ガバナンス」を一つのスキルとしてとらえる点を述べます。これは、コロナ禍前から重要な論点の一つでしたが、コロナ禍後では更にレベルが上がり最重要テーマになりうるものです。

 コーポレート・ガバナンスというと国家や経済全体が主語になることが多いですが、このシリーズは全て個人が主語となるものであり、事業会社などでM&Aに関与されている担当者の方にとってのガバナンス・スキルを意味します。

<目次>

過去の記事はこちらをご覧ください。

1.第37回M&A実践実務講座の開催(2/24~2/26)

 M&Aフォーラム(運営:レコフデータ)は、本年2月24日(水)~26日(金)の3日間において、M&A実務の基礎を学ぶ第37回「M&A実践実務講座」を開催します。2006年から開始されたM&A実践実務講座は、その長い歴史の中で多くの企業・受講者の皆様から支持を受けています。

 現在、M&A人材育成塾は全てオンライン講義で運営されています。オンライン講義の導入によって、交通費と時間の負担が小さくなり、遠隔地の受講者の皆さんの受講が増えています。

 今回、講義の半分にあたる3回の講義について、オンデマンド配信(録画講義)とライブ講義を組み合わせた形式を導入します(残りの3つの講義はライブ講義のみです)。受講者が録画講義を事前に受講し、質問があれば事前に提示し、ライブ講義で質疑応答や録画講義でカバーしきれない部分の講義をする形式となります。これにより、知識やロジック面で再確認したい部分については録画講義で戻って復習が可能になるので、より理解が深まります。

 コロナ禍前の対面講義では質疑応答やグループ討議が活発に行われていました。この点は受講者の皆さんの評価が高い部分ですので、今回録画講義だけでなく質疑応答セッションを組み合わせる形式としました。我々は受講者の皆さんがどうすればより効果的にM&A実務を学べるか試行錯誤し、より良い方法を提案していきます。

 想定している受講者は、事業会社においてM&Aに関係する部署(経営企画、事業企画、財務、法務、人事など)の方や、M&Aアドバイザー、弁護士、公認会計士、税理士などの専門家の方です。M&A実務の未経験の方をはじめ、経験年数の比較的浅い方が多いのが特徴ですが、実務経験が豊富な方も歓迎します。

 なお、6回の講義は一括受講が原則ですが、事業会社の各部署の方がそれぞれ法務、企業評価、人事など各講義を交替で受講されることも可能です。詳しくは申込の際にお問合せください。

※詳細はパンフレット又はこちらをご覧ください。

 また、M&A人材の育成に関する過去の記事は、先に挙げた記事もご覧ください。M&Aを学ぶコツなどを記載しています。

2. M&Aスキルの一つとしてコーポレート・ガバナンスをとらえる

 さて、今回のテーマである「コーポレート・ガバナンス」と聞くと、コーポレートガバナンス・コードやスチュワードシップ・コード、社外取締役設置の義務化など、国家や経済全体を主体としたものや投資家と企業の制度設計に関するものを連想します。もちろんこれらの視点も大変重要なテーマであり大きな課題の一つです。しかしM&A人材育成塾は受講者の立場にたってM&Aを学ぶ場を提供することをミッションとしています。よってそれらとは異なり、M&Aスキルとしてのコーポレート・ガバナンスという視点を皆さんに提示します。Q&A形式で論点を明確化していきます。

-ここでいうスキルはどのようなスキルですか?

 ごくごく分かりやすく狭い意味でいえば、事業会社の担当者が、株主として買収子会社の経営者に成果を出してもらうスキルです。株主をプリンシパル(委託者)、買収子会社の経営者をエージェント(受託者)と考え、そのプリンシパルに求められるスキルを意味します。スキルというと技術的すぎるのであれば、考え方でも構いません。

 ここでは、経営者に一定程度の裁量や資金、報酬という権限を付与する代わりに、情報開示義務や説明責任を負担させ(株主側からみてモニタリングし)、買収子会社の経営者を投資家の立場からコントロールするスキルをガバナンスのスキルと定義します。もっと拡張性を持たせることはできますが、具体的にイメージするために狭い意味にさせてください。

 なお、ここでいう説明責任は、義務を負わせることで将来にわたって経営者の行動をコントロールするインセンティブ・メカニズムを意味しています。経営者は事後に株主に説明する必要があるので、説明できないようなおかしな行為を事前に行わなくなるとか、ある事態が起こった場合に、ただその事象をスルーするのではなく、事後で対応方法を説明する義務が生じるので適切な対応を果断に打ってもらう、というように行動を適切に規律付けするという意味です。よく政治家やメディアで言われる、起こった事象を事後できちんと説明するという、「過去の説明に対する責任」のみを意味するものではありません。説明すればいいという訳では決してありません。将来に対する責任です。

-具体的にはどのような行為をいうのでしょうか?

例えば次のようなことです。

  • 経営者と事業の将来像を設定・共有し、具体的な目標を設定する
  • グループにおけるルールを説明し、ルール順守の合意を取得、又は合理的にルールを変更する
  • 魅力的な報酬スケジュールも提示しやる気になってもらう
  • 会社の情報開示体制を整備し、損益や財務情報、事業の状況を取得できるようにする
  • 必要な経営資源があればそれを準備し経営者に力を十分に発揮してもらう
  • 余剰資金があれば投資機会を経営者と議論し、必要なければ親会社が配当で吸収し別の投資機会に活用する
  • 定期的に経営者と対話を行って進捗状況をモニタリングする
  • 最初に合意した目標達成を評価する、経営者を評価する
  • トータルでM&Aプロジェクトのリターンを測定し、次の対応(追加投資や撤退)を決定する

 目標達成にも様々な種類があり、マクロ経済要因なのか、市場のトレンドなのか、経営者の手腕によるものかも評価する必要もあるでしょう。評価の結果、場合によっては経営者に交替してもらうこともあり、その場合は後任の経営者を準備しておく必要があります。最も重要なことは、当該事業のプロである経営者に成果を出してもらうという点で、自分が経営するスキルではありません。また、細かい数字を毎日チェックして都度指摘する日常管理、マイナス面や失敗のみを指摘するなどとは全く違います(それをすると経営者はやる気を無くします)。

 ただ買収して株式を保有し、定期的に会議に参加したりレポートを提出してもらったりという受動的な行為ではなく、きちんと目標に向かって行動を規律する積極的な行為です。株主によるガバナンスという概念は、上場会社の株主と発行会社という枠組みで議論されることが多く、機関投資家等の金融投資家が対象となりがちです。つまりは事業会社は「ガバナンスされる」立場です。しかし事業会社も株主としていくつも子会社を有しているわけですから、その点では「ガバナンスする」立場です。基本的に同じ構造であり、取締役会は、ガバナンスされかつガバナンスする存在だと考えます。したがってガバナンスされる側からみた議論をガバナンスする側に視点を置き換えて考えてみてはどうでしょうか。傍論ではありますが、コーポレート・ガバナンスは、コーポレート・ファイナンスの一分野でもあります。コーポレート・ファイナンスの目的(前提)は、企業価値最大化、株主価値最大化です。つまり、企業価値最大化・株主価値最大化するようなガバナンスはどのようなものかということが問われています。ルールを順守するとか手続きを守ることは必要な手段であって、目的ではないという建付けです。

 国内では投資ファンドが買収する案件を除き、ここまで述べた点はそれほど大きな論点にはなっていないのですが、クロスボーダーのM&Aでは現地の経営者をどうコントロールするかというのは昔から最も重要な論点で、今もそれは変わりません。

-特に日本国内では論点になっていないというのはなぜですか?

 大きく2点が密接に絡んでいると考えています。一つは、M&Aとの関係でいえば、買収する場合に同業他社を買収するケースが多く、買収後に自社で経営者を派遣できるからです。直接のシナジーを重視するM&Aが多いことがその要因です。ちなみに投資ファンドは原則シナジーがない財務的な投資家ですから、既存の経営者や新規に任せる経営者に成果を出してもらう必要があり、ガバナンスをものすごく重視しています。投資ファンドはPMIで直接対象会社に入って辣腕を振るう、というイメージを持たれる方が多いのですが、少し違います(もちろんそういうこともありますが)。

 もう一つは、単純に、国内においてはこれまで子会社が資本関係という本来的には「所有」と「経営」の関係であるものが、従業員の管理者と非管理者のような関係になっており、そもそもガバナンスという概念が少し薄かったからだと考えています。出向やOBが子会社の経営陣になったりするような関係もその一つと考えます。従前の子会社がそうですから、M&Aでも同じです。買収後に自社から経営者を派遣し、評価ルールなども従来の子会社と同じ関係としてグループに組み込んでしまいます。

 もちろんそうでない企業体もたくさんあって、子会社を独立採算制のような形で運営し、加えて子会社の経営者同士を競争させたりするなど、多くの会社で工夫をされていますので、前述の例は極端なケースとお考えください。でも、所有と経営を分離して成果を出すというのは、全ての会社で重要なテーマです。創業オーナーが存在するオーナー企業も同様で、創業者は永遠には生きられないので、創業家が所有、経営は創業家が行うのか専門経営者に任せるのかという問題にいつかの時点で直面することになります。

-なぜ、コロナ禍以後ではM&Aにおけるガバナンスの考えがより重要になるのですか?

 企業が事業ポートフォリオを大きく組み替える動きが早まっているからです。これは実はコロナ禍前から進んでいましたが、有力な企業でも従前の有力な事業を売却し、又は新事業を買収するという動きが活発化しています。自社の商品名をルーツとする商号を変え、ルーツとなっている事業にとらわれないようにする、そして事業領域を拡大するなどの動きもその一つです。

 「M&Aにはシナジーが無ければならない」という基準は多くの場合で妥当だと考えます。しかし中核事業がどれも成熟期であった場合は、シナジー基準のM&Aは成熟事業のM&Aになります。この成長の形は海外M&Aを除いて早期に限界がきてしまいます。

 今後、飛び地の事業や異業種そして新しく生まれた事業にM&Aで進出し、事業を組み替え、イノベーションを取り込んでいくしかないと考える経営者も多いと想定されます。この場合、例えば新しく生まれた事業は若い経営者が多く、10代、20代の経営者に力を発揮してもらって事業を拡大していくことが求められます。異業種への進出は、自社内で経営者を派遣できない可能性のほうが高いでしょう。またこのような経験を積んだ企業は、既存事業の子会社であっても、力量のある経営者に任せて抜本的に構造を変えていく動きもあるでしょう。専門能力のある経営者に適切に経営を任せ、ガバナンス能力でグループ全体の価値を高めていくことが求められる時代になっています。個人単位としても、経営者にならなくても、ガバナンスによって価値を高めるという方法もあるのです。役割・機能が違うだけです。

-M&A実践実務講座ではその点は学べるのでしょうか?

 マーサージャパン株式会社のM&Aアドバイザリーサービス部門パートナー 竹田氏による「買収先のコントロールと統合の組織・人事タスク ~クロスボーダーM&Aを題材に」という講義で基本的な考えを学ぶことができます。

 「人事や組織・コントロールなどの問題はM&Aの応用分野であって、基礎的なM&A実務を学ぶM&A実践実務講座になぜ入っているのですか? また国内M&A中心でクロスボーダーM&Aの予定が無いのですが。」という質問を時折受けます。その回答としては、「買収先のコントロールと統合の組織・人事タスクは、実は最も重要なM&A実務の基礎の一つです。特にコントロール問題、つまりガバナンスの論点は最重要です。国内M&Aではそれが見える化されていないだけで、クロスボーダーM&Aで起こる論点は抑えておく必要があります」と回答しています。

 M&Aの定義は、企業の経営権・支配権の取引であり、M&A市場は、Market for Corporate Controlと呼ばれています。支配権を扱うガバナンスは、M&Aの根幹です。


 以上、様々なご意見もあろうかと思いますが、M&Aフォーラムの企画チーム宛にご連絡ください。またM&A実践実務講座で皆さんにお会いできるのを楽しみにしております。

 その他の関連記事も以下に列挙しますので、ご参考になさってください。

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<過去記事>
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