第1 はじめに
組織再編やキャッシュ・アウトの手法によるM&A取引に反対する少数株主に対しては、会社法上、価格決定裁判において裁判所の決定する「公正な価格」によって株式を売却する機会が保障されている。(注1)
「公正な価格」の判断枠組みについては、近時の裁判例では、組織再編の事案のみならず、キャッシュ・アウトの事案においても、問題となる取引を独立当事者間取引と
MBOや支配株主による従属会社の買収といった構造的に利益相反のおそれがある取引に分けた上で、前者については、一般に公正と認められる手続を踏まえた上で独立当事者間の交渉を経て取引条件が妥結された場合にはそれをもって公正な価格とし、後者についても、独立当事者間の取引と同視し得るような公正な手続を経て取引条件が決定された場合には、それをもって公正な価格と認めるという、いわばプロセス重視の定式が判例法理として形成され定着している(以下、このような考え方を便宜的に「プロセス重視の枠組み」という)。プロセス重視の枠組みの下では、公正な手続が採られた事案においては、裁判所が独自に価格を算定することは考えにくいため、M&A取引の関係者にとって、結果の予測可能性はかなり担保されているといえる。(注2)
しかし、価格決定裁判の決定は公表数が限られていることもあり、プロセス重視の枠組みがどこまで適用されるのか、その判例法理としての射程の限界は明らかではないところ、近時、その限界を占う意味で興味深い裁判例が公表されている(東京高決平成31年2月27日金判1564号14頁。以下「本決定」という)。そこで、本稿では、主にキャッシュ・アウト事案を念頭において、プロセス重視の枠組みの裁判例における形成経緯について整理するとともに、本決定について紹介し、若干の考察を加えることとしたい。
第2 プロセス重視の枠組みの形成経緯
キャッシュ・アウト事案における「公正な価格」の決定については、レックス・ホールディングス事件高裁決定及び最高裁決定(注3)以後、同各決定において示された、「公正な価値」を(i)取引が行われなかったならば株主が享受し得る価値と(ii)取引の実施によって増大が期待される価値のうち株主が享受してしかるべき部分に分解し、これらを合算するという考え方(いわゆるレックス二分法)が過去の一定時点までの裁判において採られてきた。
他方で、組織再編事案においては、株式移転の事例である
テクモ事件最高裁決定(注4)が、学説の主流となっていたプロセス重視の枠組みに従い、「相互に特別の資本関係がない会社間において、株主の判断の基礎となる情報が適切に開示された上で適法に株主総会で承認されるなど一般に公正と認められる手続により
株式移転の効力が発生した場合には、当該株主総会における株主の合理的な判断が妨げられたと認めるに足りる特段の事情がない限り、当該株式移転における株式移転比率は公正なものとみるのが相当である」と判示していた。
公表されている限り、キャッシュ・アウト事案において初めてプロセス重視の枠組みを採用したのは東宝不動産事件東京高裁決定(注5)である。同決定は、構造的に利益相反のおそれがある親会社・子会社間の取引(親会社による全部取得条項付種類株式を利用した二段階買収の事案)について、テクモ事件最高裁決定を引用した上で、その「趣旨に鑑みると、本件のように独立当事者間の取引に当たらない場合であっても、利益相反を抑制し、意思決定の恣意性を排除するための措置が講じられた客観的にみて公正な手続が実質的に履践され、取引条件が定められた場合には、当該取引は企業価値を増加させる取引であり、増加価値分配部分も含めた公正な価格が定められたものとして、特段の事情のない限り、取得価格の決定においても、このような手続で定められた価格を尊重すべきである」と判示し、キャッシュ・アウト事案であり、かつ構造的利益相反取引が問題となっていた同事案においても、自ら株式価値を算定することをしなかった。
東宝不動産事件東京高裁決定の考え方は、