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(2023/11/07)

銀行による政策保有株式解消の近年の動向~問われるエクイティ投資への覚悟と実行力

野崎 浩成(東洋大学 国際学部 教授)
  • A,B,EXコース
上場企業のなかでも政策保有株式を相対的に多く保有する業態のひとつである銀行業においては、今後の政策保有株式(持ち合い株式)削減の進捗が注目される。銀行が政策的に株式を保有することは、他の業種に比べて恩恵が少ない。なにより、銀行と事業会社が対等の相互保有をしていない場合が多い。エクイティ・ステークホルダーへの分配はデット・ステークホルダーへの分配を上回る状況がこのところ続いている。これからの時代は、銀行こそがそのグループ機能をフルに発揮して株式への純投資を行う局面である。
政策保有株式圧縮への制度的圧力

 政策保有株式を巡る上場企業への制度上の制約は年々厳格化されている。2015年に導入されたコーポレートガバナンス・コードではその保有方針および合理性についての説明が求められるに留まっていたものが、2018年改訂では開示すべき方針に政策保有株式縮減が加わったほか、持ち合い解消への取り組みを妨害しないことも明記された。そして2021年のコード改訂により、上場企業は毎年取締役会で個別の政策保有株式について保有目的の適切性、保有に伴う便益・リスクが資本コストに見合っているかを具体的に精査し、保有の適否を検証するとともに、そうした検証の内容について開示することが求められるようになった。

 これと並行して、株価への潜在的影響度の大きい動きもある。東証株価指数(TOPIX)の算出で用いられる浮動株時価総額加重方式においては、2022年4月以降、段階的に政策保有株式を固定株として新たに定義して浮動株式数が算定されることとなった。政策保有株式とみなされる株式が多い企業に関しては、インデックスへの算入ウェイトも低下するため、パッシブ運用のファンド等の需給が株価へ影響する懸念もある。

 参考までにメガバンク各行の該当する開示部分について見てみよう(図表1)。各行ともに書きぶりの差異はあるものの、コーポレートガバナンス・コードの要請に沿った形で方針等を表明している。削減額についても差はあるが、過去に積極的に削減を進めたかどうかの背景の違いも斟酌する必要はある。

図表1 政策保有株式に関するメガバンクの方針(概略)
 みずほフィナンシャルグループ三菱UFJフィナンシャル・グループ三井住友フィナンシャルグループ
保有方針コーポレートガバナンス・コードを巡る環境の変化や、株価変動リスクが財務状況に大きな影響を与え得ることに鑑み、その保有の意義が認められる場合を除き、保有しないことを基本方針。保有の意義が認められる場合とは、取引先の成長性、将来性、もしくは再生等の観点や、現時点あるいは将来の採算性・収益性等の検証結果を踏まえ、取引先及び当社グループの企業価値の維持・向上に資すると判断される場合。株式保有リスクの抑制や資本の効率性、国際金融規制への対応等の観点から、取引先企業との十分な対話を経た上で、政策投資目的で保有する株式の残高削減を基本方針。政策投資目的で保有する株式については、成長性、収益性、取引関係強化等の観点から、保有意義・経済合理性を検証し、保有の妥当性が認められない場合には、取引先企業の十分な理解を得た上で、売却。グローバル金融機関に求められる行動基準や国際的な規制への対応の一環として保有の合理性が認められる場合を除き原則として政策保有株式を保有せず。保有の合理性が認められる場合とは、中長期的な視点も念頭にリスクやコストとリターン等を適正に把握し採算性を検証、取引関係など保有のねらいも総合的に勘案し、当社グループ企業価値向上に繋がると判断される場合。
議決権行使基準(重要議案の列挙)赤字や無配が一定期間に亘る場合や企業不祥事が発生した場合等の取締役・監査役の再任議案、退職慰労金贈呈議案、賞与支給及び報酬増額議案、資本収益性の水準が長期に亘り低迷している場合や総会後の独立社外取締役の人数が基準未満となる場合の代表権のある取締役の再任議案、低配当が継続している場合や財務の健全性に悪影響を与え得る場合の剰余金処分議案、買収防衛策の導入・継続議案、合併等の組織再編関連議案、新株発行等の資本政策関連議案、総合的な希薄化を招くストックオプション付与議案、株主価値等に影響を与え得る定款変更議案、株主提案議案 等剰余金処分議案(財務の健全性及び内部留保とのバランスを著しく欠いている場合)、取締役・監査役選任議案(不祥事が発生した場合や一定期間連続で赤字である場合、資本利益率が低迷している場合、独立役員が複数選任されていない場合等)、社外取締役・社外監査役選任議案(出席率が低い場合、独立性基準を満たさない場合等)、監査役等への退職慰労金贈呈議案、組織再編議案、買収防衛策議案 等剰余金処分議案(赤字配当や一定期間に渡る黒字無配)、取締役及び監査役選任議案、退職慰労金議案(不祥事が発生した場合や一定期間連続で赤字である場合等)、組織再編議案、買収防衛策議案、新株発行議案 等
保有意義検証定量判定により、採算性の基準を充足した場合は保有を継続。総合判定も踏まえ採算改善先となった場合は建設的対話を実施し採算改善ができる場合には保有継続し採算改善が出来ない場合には売却交渉を実施。2023年3月末基準における保有意義検証の結果、国内上場株式(2023年3月末:9,973億円)のうち、約3割が基準未達。経済合理性検証はMUFGの資本コストを踏まえて設定した総合取引RORA目標値を基準として実施。2022年3月末基準の検証結果は総合取引RORAが目標値の約1.2倍、個社別には社数ベースで81%が目標値を上回っており、その保有株式合計は簿価ベースで87%・時価ベースで77%。採算性はRARORAを用い検証、採算基準は資本コスト。RAROCは参考値として使用。2021年度(2022年3月末時点保有先が対象)の政策保有株式の保有の合理性の検証結果は社数では13%、簿価残高で14%が採算基準未充足、最終的に保有合理性がないと判断した株式は簿価残高の6%。WS事業部門のROCET1は10.4%、同様の方法で政策保有先の採算性を試算すると13.5%。
削減2019~2022年度の売却実績は3,838億円。2023~2025年度の削減目標に向け、交渉。みなし保有株式も2020~2022年度において5,768億円削減。2021-2年度は約3,230億円(銀行・信託単純合算、取得原価ベース)の政策保有株式を売却。2021年度から2023年度の3ヵ年の目標を3,000億円から2,000億円引上げ、5,000億円の売却へ。2020-2022年度で1800億円削減。2023年度からの中期経営計画と合わせ、計画を1年延長、削減額を800億円上乗せ、6ヵ年で3,800億円削減(今後3ヵ年で2,000億円)。

(出所)各社開示資料に基づき筆者作成

コーポレートガバナンス強化は銀行にとって向かい風か追い風か?

 こうした政策保有株式に対する制度的解消圧力は、資本効率と自己資本比率など財務面で改善を目指す銀行としては、追い風になっているものと考えられる。

 基本的に銀行にとって、政策保有株式は「お荷物」でしかない。自己資本比率規制の制約を受ける銀行にとって、保有株式は高いリスクウェイトに伴う資本賦課が大きく、特に2024年以降予定されているバーゼルⅢの完全施行に伴う株式リスクウェイトの引き上げが自己資本比率の分母を増やし、自己資本比率を低下させる。別の言い方をすれば、所要自己資本の増加はROEの低下圧力となる。

 また、国際基準行に関しては、有価証券評価差額が資本勘定に税効果控除後で算入されるため、株価下落が自己資本比率上の不安要因として財務運営に影響を及ぼす(国内基準行に関しては有価証券評価差額が自己資本から除外される)。

メリットの少ない銀行の政策保有株式

 他方で、銀行にとって政策的に株式を保有することは、他の業種に比べて恩恵が少ない。

 第1に、買収防衛的な意味合いでの議決権の相互保有の必要性が低い。銀行は銀行法上の主要株主規制により、銀行議決権の20%以上の保有に対して


■ 筆者履歴

野﨑氏野﨑 浩成(のざき・ひろなり)
東洋大学国際学部教授。63年生、埼玉県出身。86年慶應義塾大学卒。91年エール大院修了。博士(政策研究)。埼玉銀行、シティグループ証券など経て2015年4月より現職。近著として『教養としての「金融&ファイナンス」大全』(日本実業出版社)。米国CFA協会認定証券アナリスト。日経アナリストランキング1位(銀行部門、2015年まで11年連続)。

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