[M&Aスクランブル]

(2022/02/21)

東証市場区分改革の中間検証、高まるTOPIX改革への期待~企業価値向上のインセンティブになる「新TOPIX」の導入を

井川 智洋(フィデリティ投信 ヘッド・オブ・エンゲージメント兼ポートフォリオ・マネージャー)
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 東京証券取引所は、2022年4月4日をもって現在の市場区分を「プライム市場」、「スタンダード市場」、「グロース市場」の3つの新しい市場区分へと再編する。今般、2021年9月から12月にかけて行われた上場会社による新市場区分の選択申請に基づき、東証より上場会社の新市場区分の選択結果が発表された。

 2022年1月11日時点において、上場会社数3777社のうち、プライム市場を選択した会社は1841社、スタンダード市場を選択した会社は1477社、グロース市場を選択した会社は459社となった。

 振り返れば、投資家も含め関係者から多くの注目を集めたのが、プライム市場の社数の動向であった。1841社という結果は、同日時点の東証一部企業数2185社に対して若干の減少にとどまった。プライム市場はグローバルな投資家向けの市場として「より高いガバナンス水準」が求められ、東証も流通株式時価総額や流通株式比率などの定量的な基準に加えて、質的な側面から「企業のコーポレート・ガバナンス及び内部管理体制の有効性」をプライム市場の審査基準として設けると公表していたことから、プライム市場の社数は現在の東証一部からある程度絞り込まれることが予想されていた。

 しかし、実際には、こうした質的な基準でプライム市場の上場審査に落ちた企業は皆無と見られ、また、定量的な基準に満たない企業についても、経過措置として適合計画書を提出することでプライム市場への上場が認められた企業が296社にも上ったことから、「より高いガバナンス水準」は看板倒れに終わった、と国内外で大きな失望をもって受け止められた。

企業との「対話」の現場と市場再編の効果

 この結果からは、プライム市場への上場を申請しさえすれば受け入れられた印象も否めず、「看板倒れ」との指摘は理解できる。一方で、そうとは言えない面もある。

 筆者は投資先企業との企業価値向上に向けた対話業務に従事しているが、こうした個々の投資先企業との対話の現場では、受ける印象が異なる部分もある。例を挙げると、あるベンチャー企業とは、プライム市場上場・グローバル投資家が求める企業価値向上への取り組みに向けて、取締役の指名や報酬決定プロセス改善を通じた取締役会の経営監督機能の向上、企業活動へ重要な影響を及ぼす社会課題の特定と対応について議論した。その後、日を置くことなく同社からは気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)への賛同表明、独立した指名委員会・報酬委員会の設置が発表された。また、グローバル大手B to B企業との対話では、取締役の指名や報酬決定プロセスの改善、ビジネスモデルを通じた社会課題への貢献についての開示の必要性などを説いた。その後同社とはメールも含めて数十回に及ぶやり取りが行われ、その結果、当該企業が外部ESG評価機関から格上げされるなど、資本市場での評価向上にもつながっている。

 こうした2社との対話の議題にも含まれたが、日本企業のガバナンス上の問題として象徴的ともいえる、個々の取締役の報酬を社長や会長など代表取締役が決定している報酬プロセスについて、当社が2021年に本件について対話した44社のうち28社(2021年12月末時点)が、その決定権限を取締役会や報酬委員会に変更した。日本企業では歴史的に社長や会長が他の取締役の上司として人事評価や報酬決定を行うことが慣行であり、取締役会の経営監督機能弱体化の懸念があったが、多くの企業がこうした長年の慣行の是正を図ったことは、プライム市場の設立を受けて、改めて各社がガバナンスのあり方について検討したことが背景にあるだろう。




■ 筆者履歴
井川 智洋井川 智洋 (いかわ・ともひろ)
米国、シンガポール、日系金融機関でグローバル株式のポートフォリオ・マネージャー、アナリスト、運用責任者として従事し、国内外の企業と中長期の価値創造に焦点を当てた対話を重ねてきた。2019年フィデリティ投信にディレクター・オブ・エンゲージメントとして入社後、2021年より現職。エンゲージメント責任者として投資先企業との対話を主導。

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