[M&Aスクランブル]

(2023/01/10)

M&Aを通じてみる一株の価値

~企業買収における「株式の客観的価値」を考える

前田 昌孝(マーケットエッセンシャル主筆、元日経新聞編集委員)
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「株主平等」という大原則

 株主優待制度を廃止する企業が相次いでいるのを機に、株式価値の平等性について考察してみたい。株主優待制度は大口株主に比べて小口株主が有利で、会社法が規定する株主平等原則に反するとの指摘も多いからだ。考えようによっては、企業の合併・買収(M&A)も、株主価値の不平等性に着目した「裁定取引」の側面がある。

 株式の価値には主観的価値と客観的価値とがある。特定の銘柄について、ある投資家は割高だと思い、別の投資家は割安だと思うから、市場で売買が成立するのであり、これはこの銘柄の主観的価値が投資家によって異なることを意味している。

 客観的価値は字義通りにとらえれば、どの投資家にとっても同じはずである。少なくとも配当を受ける「利益配当請求権」や清算時の残余財産分配請求権、株主割当増資時の新株引受権などの自益権は、すべての株主に保有株数に応じて平等に付与されている。

 株主総会での議決権は、単元未満株は別として、保有株式の多寡に応じて平等に付与されている。議決権は自らの利益のためではなく、全株主の共通の利益のために行使するもので、共益権とも呼ばれている。

 「株式会社は、株主を、その有する株式の内容及び数に応じて、平等に取り扱わなければならない」。これは会社法109条1項の条文だ。すべての株式の客観的価値が一応、平等だと決まっているから、市場で売り手と買い手とがぶつかり合い、価格だけを頼りに売買が成立するのだという図式はわかりやすい。

法律は守られているのか?

 しかし、客観的価値がどの投資家にとっても本当に同じかというと、そうではない。端的な例では、株主優待制度は明らかに異なる。配当のように保有株式数に完全比例して受け取れるわけではなく、ほとんどのケースでは少数の株式を保有する個人投資家に多く配分する仕組みになっているからだ。

 最近は保有株式数が同じでも、株主名簿に同一株主番号で継続して記載され、長期に保有しているのではないか(実際は期中に売却して買い戻したり、貸株に出していたりするケースもある)と推察される株主には、優待内容を加重する企業も増えている。コンプライアンス(法令順守)経営などどこ吹く風だ。

 野村インベスター・リレーションズ(IR)によると、個人株主は敵対的買収の防波堤になりやすいと言われていたこともあり、2019年までは株主優待制度の導入企業が年々、増えていた。過去最高は2019年9月末の1532社だった。…



■ 筆者履歴

前田 昌孝

前田 昌孝(まえだ・まさたか)
1957年生まれ。79年東京大学教養学部教養学科卒、日本経済新聞社入社。産業部、神戸支社を経て84年に証券部に配属。97年から証券市場を担当する編集委員。この間、米国ワシントン支局記者(91~94年)、日本経済研究センター主任研究員(2010~13年)なども務めた。日経編集委員時代には日経電子版のコラム「マーケット反射鏡」を毎週執筆したほか、日経ヴェリタスにも定期コラムを掲載。
22年1月退職後、合同会社マーケットエッセンシャルを設立し、週刊のニュースレター「今週のマーケットエッセンシャル」や月刊の電子書籍「月刊マーケットエッセンシャル」を発行している。ほかに、『企業会計』(中央経済社)や『月刊資本市場』(資本市場研究会)に定期寄稿。
著書に『株式投資2023~不安な時代を読み解く新知識』『深掘り!日本株の本当の話』(ともに2022年)、『株式投資2022~賢い資産づくりに挑む新常識』『株式市場の本当の話』(ともに2021年)、『NISAで得したいなら割安株を狙え!』(2013年)、『日本株転機のシグナル』(2012年)、『日経新聞をとことん使う株式投資の本』(2006年)、『株式市場を読み解く』(2005年)、『こんな株式市場に誰がした』(2003年)、など。

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