買い手が自前の経営者を派遣するのが困難な場合には、現経営者を一定期間リテインし、その間に次の体制を考え、着々と統合の準備を進めるのが、定石的な対応である。日本企業の行うクロスボーダーM&Aにおいては、これまで、適材の即時派遣が難しいことを主な理由として、多くのケースで現経営者のリテンションが検討されてきた。
現経営者をリテインすれば、確かに買収先単体の当面の安定確保につながる。しかし、日本企業の行うクロスボーダーM&Aの場合、そこから買収価格を上回る企業価値を実現するために必要な一連の取り組みが実施できているかというと、あまりはかどっていない感もある。すなわち、①買収先に対するコントロールを確立し、②経営統合を行い、そして③組織統合・組織再編に踏み込み、さらに事業や子会社を売却する取り組みが緩やかなケースが、散見される(これら一連の重要な取り組みの内容と実施タイミングについては、前々回連載「
統合推進のガイドライン:日本企業成功の道程」参照)。
注意を要するのは、現経営者をリテインし、活用している構造そのものが、これらの取り組みがはかどらない原因の一端となりうることである。このため、条件が良い場合には、買収後最初から、あるいは早々に、多少の無理を押してでも現地経営トップを買い手(親会社)から派遣してしまうアプローチにも合理性がある。今回は、このように積極的に現地経営トップを派遣する場合の考え方と、留意点を論じる。
間接統治の効用とコスト
前回連載「経営統合の拡張・強化」において、経営統合以上・組織統合未満の有意な取り組み領域があることを説明し、具体的な4つの打ち手の1つとして、買収先のCFOポジションなどへの買い手(親会社)からの派遣を取り上げ、その効用と留意点を論じた。さて、ここでもし一歩踏み込んで、現地経営トップのポジションに親会社から人材を派遣するとしたら、どのようなことになるのであろうか。
現地経営トップをリテインし、その部下のレポート先はこれまで通り現地経営トップとした場合のモデルは、現地経営トップを介した間接統治である。間接統治の特徴は、現地経営トップから下は現地経営トップに管理させるので、親会社(上司)が現地経営トップを管理すれば、それで買収先全体に網掛けができてしまう、という効率の良さである。これがうまく機能すると、一人の上司が、グローバルに複数の買収先をリモートで管理することが可能になる。
しかし、上司・部下のレポートラインだけでは処理できる業務量に限度があり、また現地経営トップのことは信頼するにしても油断は絶対に禁物であるから、まずはスタッフ間の情報共有・確認ルートを開き、さらに現地経営トップの下の各部門に対する可視化インフラを導入する。このようにして、スピードを上げ、内容を補い、さらに現地経営トップを牽制する(図1)。これが、間接統治の原型である。