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(2023/12/15)

[寄稿]中小M&Aガイドライン〔第2版〕、改訂ポイントの解説

田尻 雄裕 (中小企業庁 事業環境部 財務課 課長補佐)
松田 育子 (中小企業庁 事業環境部 財務課 課長補佐・弁護士)
河野 匡宏 (中小企業庁 事業環境部 財務課 係長)
3 仲介契約・FA契約締結前の書面を交付する等による重要事項の説明

(1)改訂の背景

 仲介契約・FA契約は、依頼者である中小企業にとって、契約の内容が多岐にわたる複雑なものであり、仲介とFAの違いや契約内容を理解することは必ずしも容易ではない。そのため、仲介業者・FA業者に対し、契約締結前に、契約に係る重要な事項(重要事項)を記載した書面を交付する等して、明確な説明を行うことを求めることとした。また、説明すべき重要な事項を拡充するとともに、説明を受ける相手方、説明者、説明後の検討時間の確保等についても明記した。

(2)改訂の内容

 ア 説明の方法(書面を交付するなどしての説明)

 第2版では、契約に係る重要な事項を記載した書面を交付(電磁的方法による提供も可)した上で明確な説明を行うことを求めることとした。書面を交付した上で、口頭で説明を実施する必要がある。

 イ 説明項目の拡充

 説明すべき契約に係る重要な事項について、初版で列挙していた項目に加えて、「手数料以外に依頼者が支払うべき費用」「直接交渉の制限に関する条項」「責任(免責)に関する条項」「契約後も効力を有する条項」を追加するなどした。なお、重要事項説明書のサンプルを第2版公表と併せて公表しており(注12)、こちらも活用いただきたい。

 ウ 説明の相手方、説明者、説明後の検討時間の確保

 説明は、契約を締結する権限を有する者に対し行う必要があり、具体的には、依頼者が個人の場合には、当該個人に対し、法人の場合には、代表者または契約締結について委任を受けた者に対し説明を行う旨を求めている。

 また、M&A専門業者において重要事項説明を行う者については、契約内容について交付書面に基づき正確な説明を行うだけにとどまらず、説明の際に、説明の相手方からの質問や意見が出された場合、これに適切に回答、説明できるような、十分な経験・能力を有する者が行うことが望ましい。

 さらに、重要事項説明のタイミングについては、契約を締結する前に実施することを求めており、説明後、依頼者が契約内容を理解し、契約締結について適切に判断するために、依頼者に対し、十分な検討時間を与えるべきである旨、明記している。

4 直接交渉の制限に関する条項の留意点

(1)改訂の背景

 第2版では、仲介契約またはFA契約において、依頼者がM&Aの相手方となる候補先と、M&A専門業者を介さずに直接、交渉または接触することを禁じる旨のいわゆる直接交渉の制限に関する条項の留意点の項目を追加した。

 初版では、仲介契約・FA契約における専任条項およびテール条項を設ける場合の留意点を取り上げていたが、第2版において直接交渉の制限の留意点を追加し、セカンド・オピニオンに関する記載を拡充した。これら一連の記載により、特定のM&A専門業者による合理性のない依頼者や案件の囲込みを防止してM&Aプロセスに関する中小企業の自由な経営判断をより一層確保することが期待される。また、説明にとどまらず契約内容自体の合理性を確保するものであるという点においても、これらは、連続性のある改訂点であるといえる。

 第2版では、直接交渉の制限に関する条項を設定する場合における、直接交渉の相手方、交渉の目的、当該条項の有効期間について、それぞれ留意点を記載している。なお、当該条項も、前述の仲介契約等の締結前の書面を交付しての説明すべき説明項目と整理している。

(2)改訂の内容

 ア 制限される候補先

 まず、制限される場合における候補先については、基本的には当該M&A専門業者が関与・接触し、紹介した候補先のみに限定すべきであると明記した。

 直接交渉の相手方については、直接交渉が制限される候補先が無限定の場合、たとえば、依頼者が自ら候補先を発見することが事実上、困難となる。

 そこで、第2版では、依頼者が「自ら候補先を発見しないこと」および「自ら発見した候補先と直接交渉しないこと(依頼者が発見した候補先とのM&A成立に向けた支援をM&A専門業者に依頼する場合を想定)」を明示的に了解している場合を除いて、直接交渉の制限に関する条項において、直接交渉を制限することが許容されるのは、当該M&A専門業者が関与・接触し、紹介した候補先のみと整理した。

 イ 制限される交渉

 例えば、依頼者の通常の事業活動に属する取引のための交渉が実施できるよう、直接交渉が制限される交渉は、依頼者と候補先M&Aに関する目的で行われるものに限定すべきであると整理した。

 ウ 制限される期間

 直接交渉の制限の期間(依頼者の直接交渉禁止の義務が存続する期間)については、仲介契約・FA契約が終了するまでに限定するべきであると整理した。

六 M&A支援機関登録制度との関係

 M&A支援機関登録制度(以下「登録制度」という)とは、中小企業が安心してM&Aに取り組める基盤を構築するために2021年8月に創設された国の制度であり、本ガイドラインの遵守を宣言する等した仲介業務またはFA業務を行う者が登録を受けることができる。

 登録制度においては、本ガイドライン違反は登録の取消事由を構成しており、第2版の適用開始後は、第2版の内容に基づき、本ガイドライン違反が判断されることとなるため、留意されたい。

 詳細については、登録制度のホームページ(注13)における本ガイドライン改訂に伴う対応事項に関する各種資料にて確認されたい。

七 おわりに

 中小企業を当事者とするM&Aは拡大してきたが、一方で拡大に伴う課題も顕在化してきており、主にM&A専門業者に関する様々な課題に対応するために第2版への改訂がなされた。

 第2版が、依頼者である中小企業においては、M&Aの実施にあたり、本改訂において注記したセカンド・オピニオン活用の利点・留意点や、マッチングの流れを参考にし、また、仲介者・FAから、重要事項について適切な説明を受けた上で、自身にとって適切な選択を行ってM&Aを進めることが期待される。

 また、M&A専門業者においては、本改訂において明記されたプロセスを適切に履行して依頼者の理解を促すとともに、支援の質を確保・向上させるための各種取組みに積極的に取り組むこと等が期待される。

(注1)経済産業省のホームページにおいて、本ガイドライン、本ガイドラインの改訂に関する概要資料、各種参考資料、改訂箇所の見え消し版資料、本ガイドラインに関するQ&A等の資料を公表している。
https://www.meti.go.jp/press/2023/09/20230922004/20230922004.html
(注2)2021年4月、中小企業庁が中小M&Aの推進を通じて経営資源の集約化等を推進するための官民の取組みを「中小企業の経営資源集約化等に関する検討会 取りまとめ~中小M&A推進計画~」として取りまとめた。
(注3)本ガイドラインでは、「中小M&A」を、後継者不在の中小企業(以下「譲り渡し側」という)の事業を、M&Aの手法により、社外の第三者である後継者(以下「譲り受け側」といい、本ガイドラインでは譲り受け側の候補者も含むことがある)が引き継ぐ場合をいうと定義している。詳細について本ガイドライン14頁。
(注4)非上場の中小企業者のうち、事業承継ニーズの高い株式会社に限り、都道府県知事の認定を受けることおよび所要の手続を経ることを前提に、所在不明株主からの株式買取り等に要する期間を「5年」から「1年」に短縮する特例(所在不明株主に関する会社法特例)が、令和3年8月より施行されている(中小企業における経営の承継の円滑化に関する法律12条1項1号ホおよび15条) 
https://www.chusho.meti.go.jp/zaimu/shoukei/shoukei_enkatsu.htm
(注5)本ガイドライン37頁。
(注6)本ガイドライン40頁。
(注7)本ガイドライン63頁。
(注8)Q&A・前掲(注1)「➁支援機関の手引き・行動指針に関して改訂・対応が求められる支援機関について」の「No.2 M&A専門業者とは」でも注意喚起している。
(注9)本ガイドライン63頁以下。Q&A・前掲(注1)「③支援の質の確保向上に向けた取組」の「2具体的にどのような取組をすればよいか」を明示している。
(注10)例示として、「例えば、M&Aプラットフォームを活用してマッチングを試みる、バリュエーションやデュー・ディリジェンス(DD)を士業等専門家に依頼する、法律事務の取扱いは弁護士に相談する等の対応を伝える等」を紹介している。
(注11)中小企業庁「中小企業の経営資源集約化等に関する検討会取りまとめ~中小M&A推進計画~」35頁~37頁において、中小企業におけるM&A支援機関に対する信頼感醸成の必要性について取りまとめており、対応の方向性のひとつにM&A仲介等に係る自主規制団体の設立を挙げている。
(注12)(参考資料11)「M&A仲介契約/FA契約 重要事項説明書サンプル」として公表している。
(注13)https://ma-shienkikan.go.jp/
特に2023年10月6日付けの「新着情報」には、中小M&Aガイドライン改訂(第2版)に伴う登録制度における関連情報がまとまって公表されており、参考となる。

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