1. はじめに 企業はなぜM&Aを行うのだろうか。代表的な目的として、経営の効率化、規模の経済、経営資源の相互補完といった、いわゆるシナジーの創出が挙げられる(注1)。それでは実際のところ、こうした目的は達成されているのだろうか。これまで多くの学術研究が、M&Aの成功確率は低く、しばしば買収実施企業の株価や財務数値にネガティブな影響を及ぼす傾向があることを報告している(注2)。理想としてのM&Aの目的が、常に果たされているとは言えないというのが、M&Aに関わる多くの実務家および研究者の実感ではないだろうか。
このような状況を踏まえ、M&Aに関する会計基準が変わろうとしている。
国際財務報告基準(IFRS)の作成主体である国際会計基準審議会(IASB)は、IFRS適用企業がM&Aを実施する際、定性的なM&Aの目的や、定量的な数値目標などの詳細な開示を行うことを求めることを提案するディスカッション・ペーパーを2020年に公表した(注3)。この提案にはM&Aに携わる多くのステークホルダーから様々な意見が寄せられており、投資家の意思決定に有用であるとの賛成意見(注4)がある一方、開示コストの大きさや、機密情報漏洩を避けるあまり表面的な開示にとどまってしまうのではないかといった懸念も表明されている(注5、6)。
IASBは、こうした利害関係者からの意見を踏まえて修正を加えた草案を2024年に作成する予定である(注7、8)。当初の提案通りの方向性で基準が改訂された場合、IASBが期待するように、投資家にとって有用な情報が提供されるであろうか。それとも、一部の利害関係者が懸念するように、表面的な内容の開示にとどまってしまうのであろうか。
本稿では、この点について筆者が昨年発表した論文(注9)における、M&Aに関する定性情報の開示がもたらす効果についての分析結果の一部を紹介し、そのインプリケーションについて述べる。
2. 分析結果 本分析の目的は、企業がM&Aを実施する際に開示する「M&Aの目的」に関する定性情報と、買収実施企業の将来業績や株価との関連性を検証することである。現行の会計基準においても、M&Aを実施する企業はプレスリリースや有価証券報告書の注記において、M&Aを実施する目的についての定性的な情報を開示しているが、その内容や分量には企業ごとに大きな相違がみられる。本分析では、日本の会計基準を採用する上場企業が実施した232件のM&Aをサンプルとし、買収実施企業のプレスリリースおよび有価証券報告書におけるM&Aの目的に関する定性的な記述を分析対象とした。
■筆者プロフィール■
天野 良明(あまの・よしあき)
京都大学大学院経営管理研究部講師。京都大学経済学部卒業。京都大学大学院経済学研究科博士後期課程修了。博士(経済学)。アクセンチュア株式会社、ベイン・アンド・カンパニーを経て2021年より現職。専門は財務会計。論文「IFRS任意適用がM&Aの収益性へ与える影響」で
第12回M&Aフォーラム賞正賞「RECOF賞」を、論文「負ののれんの会計処理に関する提言―負の超過収益力との関連性の観点から―」で
第14回M&Aフォーラム賞奨励賞「RECOF奨励賞」を受賞。主著に “Do acquiring firms achieve their mergers and acquisitions objectives? Evidence from Japan” (Accounting & Finance 62(2) 2905-2945), “Negative goodwill and postmerger operating performance: evidence from Japan” (Asian Review of Accounting 30(4) 381-397), “Real Effects of Intangibles Capitalization—Empirical Evidence from Voluntary IFRS Adoption in Japan” (Journal of International Accounting Research 19(3) 19-36) など。