[【企業価値評価】事業法人の財務担当者のための企業価値評価入門(早稲田大学大学院 鈴木一功教授)]

(2019/10/24)

【第16回(最終回)】マルチプル(倍率)法の実務と留意点

鈴木 一功(早稲田大学大学院 経営管理研究科<早稲田大学ビジネススクール>教授)
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1.マルチプル法の特徴と計算方法

 連載第12回から第15回まで、エンタプライズDCF法の詳細な手順を説明してきました。実際の企業価値評価の実務においては、エンタプライズDCF法によって計算された理論的な企業価値や株式価値を、同業で上場されている企業や株式の市場における価値と比較して、その水準が合致しているかをチェックするのが通常です。

 エンタプライズDCF法における価値は、評価対象企業の業績予測の前提次第で大きく変化します。実務においては、最初から買手や売手が希望している株式価値に合わせて、業績予測を調整したのではないかと疑われるケースも散見されます。

 このような中、計算結果の妥当性や株式市場の評価とのギャップの有無を確認する際に用いられるのが、マルチプル(倍率)法と呼ばれる企業価値計算手法です。今回は、その特徴や実務で利用する際の留意点について、より詳細に説明しておきましょう。

 マルチプル(倍率)法という名称は、たとえば、上場企業の企業価値や株式価値が、その企業の業績(営業利益や当期純利益)や資産規模を示す数値(簿価純資産)の何倍になっているかを計算し、その数値を同業企業数社で平均したものを基準に、評価対象企業の企業価値や株式価値を計算しようとすることに由来します。このように上場企業の株価を用いるマルチプル法は、類似会社比較法と呼ばれることもあります。

 マルチプル法がより有効なのは、評価対象企業に株価が存在しない、非上場企業の場合です。こういうケースでは、同業で上場している企業の直近における株価や、企業買収の取引金額を参考に、企業や株式の価値を推計することになります。評価対象企業が上場企業の場合にもマルチプル法を用いることはできますが、上場企業の場合、その企業自体の株価から時価総額や株式価値を計算できるため、評価対象企業の株価が他社に比べて妥当か、極端に割安や割高ではないか、ということをチェックする意味合いで用いられることが多いようです。

 マルチプル法には、大きく分けて企業全体の価値(EV:エンタプライズ・バリュー)を基準に算定する方法と、株式時価総額を基準にする算定方法の2つがあります。

 まず、企業価値(EV)を基準にする場合ですが、企業の営業利益(EBIT: Earnings Before Interest and Taxes)や、営業利益+減価償却費+無形固定資産償却費(EBITDA: Earnings Before Interest, Taxes, Depreciation and Amortization)を分母にして、倍率を計算するケースが多いです(※)。前者をEV/EBITマルチプル、後者をEV/EBITDAマルチプルと呼びます。後者の株式時価総額を基準にしたマルチプルの代表的なものとしては、株式時価総額を税引後当期純利益で割って計算されるPER(Price-Earnings Ratio: 株価収益率)や、自己資本の残高(貸借対照表の純資産の部から非支配株主持分等を控除したもの)で割って計算されるPBR(Price-to-Book Ratio: 株価純資産倍率)がありま…



■鈴木 一功(すずき かずのり)
早稲田大学大学院経営管理研究科(早稲田大学ビジネススクール)教授
東京大学法学部卒業後、富士銀行入社。INSEAD(欧州経営大学院)MBA(経営学修士)、ロンドン大学(London Business School)金融経済学博士(Ph.D. in Finance)。M&A部門チーフアナリストとして、企業価値評価モデル開発等を担当の後、2001年から中央大学大学院国際会計研究科教授。2012年4月より現職。証券アナリストジャーナル編集委員、みずほ銀行コーポレート・アドバイザリー部のバリュエーション・アドバイザー。主な著書として『企業価値評価(入門編)』、『企業価値評価(実践編)』、『MBAゲーム理論』(いずれもダイヤモンド社)、他にコーポレート・ファイナンス、M&Aに関する論文多数。

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