[M&A戦略と法務]

2020年12月号 314号

(2020/11/16)

役員報酬の設計の多様化とM&Aへの影響

髙原 達広(TMI総合法律事務所 パートナー 弁護士)
  • A,B,EXコース
一 はじめに

 近時、上場企業の多くが自社の株式を活用した報酬スキーム(以下「株式報酬制度」という)の拡充を進めている。その背景には、コーポレートガバナンス・コードの補充原則4-2①(注1)が「取締役会は、経営陣の報酬が持続的な成長に向けた健全なインセンティブとして機能するよう、客観性・透明性ある手続に従い、報酬制度を設計し、具体的な報酬額を決定すべきである。その際、中長期的な業績と連動する報酬の割合や、現金報酬と自社株報酬との割合を適切に設定すべきである。」としていることがある。また、経済産業省も「『「攻めの経営』を促す役員報酬」(注2)と題する手引書を公表し、株式報酬制度の導入を後押ししており、近年の税制改正でも制度の促進に向けた措置が採られている。

 従前より、日本の役員報酬制度は欧米に比して報酬総額の水準が低いとされ、また、固定化された金銭報酬の割合が多く、株式報酬の割合が少ないと評価されてきた。そのため、中長期的な企業価値向上へのインセンティブが働きにくいのではないかという指摘もなされてきた。しかし、日本の資本市場がグローバルな投資家から大きな影響を受ける中、株主の利益と連動した株式報酬制度が推奨され、上場企業の多くがその導入を進める流れは不可避となってきている。

 このような流れの中、2019年1月31日付で施行された企業内容等の開示に関する内閣府令の改正に伴い、有価証券報告書での役員報酬の開示の促進が進められてきた。また、今般の会社法改正(注3)及び会社法施行規則案(注4)を踏まえ、さらに役員報酬の透明性を確保する動きが高まることが想定される。その結果、上場企業における役員報酬のあり方が、事業報告や有価証券報告書を通じて開示され、かつ、他社と比較されやすい環境がより整備されることとなる。

 また、昨今では、株式報酬制度を、取締役だけでなく、執行役員や従業員にもその対象を拡大する傾向にある。これまでもM&Aの対象企業(以下「対象企業」という)の従業員の給与体系、福利厚生、年金制度等がデュー・ディリジェンスでの精査対象となり、M&A後のポスト・マージャー・インテグレーション(PMI)を通じ、それらをどのように整理・統合するかが大きな課題となることもあった。特に日本の産業界を支えてきた伝統的な企業では、労働組合との協議や組合員への配慮、既存の年金制度の再構築を含めた人事・労務の管理方法に関する検討が、M&Aを推進する上で大きな課題でもあった。

 今後は、加速度的に普及が進む株式報酬制度を、M&Aの前後でどのように取り扱うのか、対象企業が採用してきた株式報酬制度を、M&Aの相手方(以下「相手企業」という)の採用する報酬制度と如何に整合させるのか、あるいは、変容させるかという点が、

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