[書評]

2009年10月号 180号

(2009/09/15)

BOOK『会社法』

伊藤靖史・大杉謙一・田中亘・松井秀征著 有斐閣 2800円(本体)

会社法
 

会社法が制定されて4年余り。手元に何冊か概説書がある。当初、斜め読みした程度で後は必要に迫られて該当個所を読むぐらいで済ましてきた。難解な会社法の全体像をもっとよく理解できないものか。新時代のテキストが誕生したとの評判を聞き、挑戦した。
初学者から中級者向けに作られたというだけあって、著者らの優しさが感じられる。会社法2条の公開会社の定義の条文の読み方で、「内容として」の後に読点〔、〕を入れて読むと分かりやすいという。なるほどと納得する。また会社の設立で現物出資をする場合を講学上、変態設立事項というが、変態とは通常でないことをいうと解説してくれる。
会社を理解する際の基礎的な知識も丁寧に説明している。事業を始める主体を企業と呼び、企業のフォーマットとして様々な形態を法が用意していること。株式会社のフォーマットの最大の特徴は株主有限責任で、株主(出資)と債権者(貸付)との違い、専門経営者の役割や所有と経営の分離、従業員ら利害関係者の位置づけなどが解説される。経済学の視点から、従業員を株主と同様に会社の残余権者とみる見方も紹介されている。
会社は事業を営み利益を生み出すことを目的とする。株主にとって大事な剰余金の配当や資本制度からなる会社法の「計算」は、初学者には分かりにくいところだが、ここでも、理解が進むよう必要最小限の企業会計の仕組みが解説されている。損益計算書の当期純損失がどのようにして貸借対照表の欠損になり、欠損を解消(填補)して、配当を再開するにはどうすればいいのかを、図を入れて示してくれるのだ。通常の概説書にはここまでの配慮はない。さらに会社法のルールが実際の会社実務や経済社会の中で、どう機能しているかを知ることも、会社法の学習に役立つとして、コラムがふんだんに盛り込まれている。
M&Aについての最先端の知識も得られる。この分野の新進気鋭の学者が「株式」「企業の買収・結合・再編」の章を書いているほか、防衛策をめぐる論議で活躍する学者らが執筆しているからだ。コラムで「DCF法の概略」「買収・結合とシナジー」「上場子会社の完全子会社化」(利益相反)、「2段階買収とその方法」(全部取得条項付種類株式)、「MBOと『公正な価格』」(レックス事件)といった話題、企業価値研究会と防衛策の整備の流れ、重要判例の概要がつかめる。共著者の間でも考え方は違うといい、この問題は、会社法の条文の形式的解釈で決着のつくような話ではなく、政策判断を必要とし、妥当性は現実の経済社会に対する不断の観察によって確かめられなくてはならないとする。
「本書の読み方(使い方)」や会社法の学習に役立つウェブサイトの紹介がある。若い世代を意識したものだが、以前、この欄でも紹介した『マンキュー入門経済学』のような米国の教科書に近い形のものが登場したようにも思う。著者らの会社法をわかりやすく解説する姿勢には頭が下がるが、通読するにつけ、改めて会社法の問題点が浮かび出る。「構造上きわめてわかりにくくなっている」「締め出しの際の少数株主の権利に関して整合的なルールを用意しなかった会社法の立法自体に問題がある」「もっぱら会社分割の株主の便宜のための規制緩和が行き過ぎ、濫用的な会社分割に対する規律が十分に働かなくなったように見受けられる」と指摘する。いったん出来上がった巨大な法的営造物を、今さら、造り替えることは難しいのだろうが、少しでもよくするための法改正を望みたい。
 

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