[【小説】グローバル経営改革 ~ある経営企画部次長の悩み深き日々]

2020年1月号 303号

(2019/12/16)

【小説】グローバル経営改革 ~ある経営企画部次長の悩み深き日々(第7回)

第2章「本社組織の改革編」 第1話「経営企画部長の課題意識」

伊藤 爵宏(デロイト トーマツ コンサルティング合同会社 シニアマネジャー)

【登場人物】

サクラ電機株式会社 本社 経営企画部 部長
堀越 一郎
サクラ電機株式会社 本社 経営企画部 次長
木村 遼太
サクラ電機株式会社 本社 経営企画部 スタッフ
山本 朝子
Sakura Asia Pacific Planning Group Manager
中田 優紀
(前回までのあらすじ)

 サクラ電機の本社経営企画部に配属された木村遼太は、地域統括会社が主導する東南アジア子会社のガバナンス改革プロジェクトを本社の立場から支援することになった。
 最初は各社からの反発を受けた木村であったが、最終的には新たなプロジェクトアプローチについて各社からの合意を無事取り付け、帰国したのであった。
 これは、あるコーポレートの経営企画部次長が、様々なコーポレートアジェンダに携わり、そして経営と現場の間で葛藤しながら、自社におけるグローバル経営の在り方を模索するストーリーである。



木村次長からの報告

 「以上のように、現地子会社のマネジメントを集めたワークショップにて、東南アジアガバナンス改革プロジェクトのアプローチについて合意を取り付けることができました」
 サクラ電機の本社経営企画部の部長である堀越一郎は、部下で経営企画部の次長である木村遼太から報告を受けていた。
 「プロジェクトはこれからスタートするところであり、長い期間を要するものではありますが、地域統括会社のSakura Asia Pacificから中田マネジャーが専任でプロジェクトに就かれるとのことで、一定の推進力を持って進んでいくのではないかと思います」
 木村は、一連の出張を通して、東南アジアにおけるガバナンス改革プロジェクトのアプローチを立て直した旨を報告した。その横には、経営企画部のスタッフである山本朝子も同席している。2人からは、一定の仕事をやりきったことに対する達成感と誇りが感じられる。
 「木村君、山本さん、2人ともありがとう。特に、木村君は経営企画部への着任早々、大変なミッションだったと思うけど、よくやってくれた。これからも難しい局面はあるだろうから、ぜひとも中田さんをサポートしてあげてほしい」
 堀越の言葉に、木村と山本の2人は満足そうに頷いた。堀越はその2人の表情を見ながら、少し突っ込んだ質問をしてみた。
 「ところで、今回2人には地域統括や海外子会社の様子を見てもらったわけだけど、実際に現地を見てどう思った?」
 木村の表情にわずかな緊張が浮かんだ。堀越が部下に何かを伝えようとするとき、まずは質問を投げかける癖をよく知っている木村は、堀越が何を言わんとしているかを推し測ろうとしているのだろう。傍らの山本は、さすがに自分が先に答えるのはまずいと思ったのか、木村の反応を伺うようにしている。
 少しの間があって、木村が答えた。
 「この仕事をお任せ頂いたとき、私は『グローバル経営の確立が今のサクラ電機の課題だ』とお話しましたが、そのリアルな難しさを今まで以上に感じました」
 「なるほど、リアルな難しさとは具体的にどういうことかな?」
 堀越は先を促す。
 「サクラ電機には、様々な歴史と経緯を持った海外子会社があります。これらを1つのグループとして束ねるためには、強固なオペレーションやシステムのプラットフォームが求められると思います」
 一息置いて木村は続ける。
 「しかし、それぞれの事業が自立性を高めている現在、事業をまたいだプラットフォームを作るための合意を得るには相当の労力が必要です。現在の地域統括には、それだけの権限や権威が与えられておらず、とても苦しんでいるように思えました」
 そして、木村は最後に付け足した。
 「そして、率直に申し上げれば、このような状況が、本社からはよく見えていなかったのではないかと思います」
 木村の最後の言葉に、堀越は深く頷きながらつぶやいた。
 「本社からは見えない、か…」
 堀越は思索を巡らせながら、「ありがとう。いずれにしても、よくやってくれた」と、木村と山本を労って報告会議を切り上げた。

積み上がった報告資料

 報告会議を終えて自席に戻った堀越は、木村たちから受け取った報告資料をデスクに置いた。デスクの上には、それ以外にも様々な報告資料が山積みになっている。経営企画部長という立場上、堀越は多くの報告会議に出席し、また多くの報告資料をもらっていた。年次事業計画の進捗、極秘裏に進むM&Aプロジェクト、次期中期計画の重点アジェンダ、社長の海外出張スケジュール、本社部門の働き方改革推進…大きなものから小さなものまで、挙げていけばキリがない。
 「本社からは見えない、か…」
 堀越は、先ほどの報告会議と同じ言葉を心の中でつぶやいた。自分が管掌しているだけでも、これだけたくさんの報告が日々行われている。本社全体であれば、更に多くの報告や情報共有が行われていることだろう。しかしながら、本社からは現場のことが「見えない」のだ。
 堀越は渋い表情をしながら、デスクに積み上がった報告資料の1つを取って眺めた。資料には、緩やかに右肩上がりになった棒グラフが示されている。それは、本社部門の従業員数を示したグラフであった。
 「それにも係らず、本社部門の従業員数は増えている…と」
 堀越は、自分の課題意識を解きほぐしていくように、心の中でつぶやき続ける。それは、自らに課された新たな宿題に対する構想を作り上げるためのプロセスであった。

経営企画部長の宿題

 木村たちから報告を受ける前、堀越は経営会議において新たなテーマを課されていた。
 それは、「本社部門の改革」であった。
 サクラ電機では、各事業の海外売上高比率が高まるにつれ、各事業本部にグローバル連結の経営責任を付与し、権限委譲を進めてきた。これにより、各事業本部はより自律的な事業執行を行うようになってきていた。
 その反面、本社部門は、事業本部の変化に比して昔からの体質がまだ残っていた。元々典型的な日本企業であったサクラ電機には、何かを決定する際、本社に対する「お伺い・根回し」を行う慣習があった。つまり、本社部門は依然として「お上」のように扱われていたのだ。
 それゆえ、事業本部に比してコスト意識も高くなかった。本来であれば、事業本部に対する権限委譲が進む中、本社部門もスリム化されていくはずであったが、本社部門の従業員数は経年で緩やかに増加している。
 このような状況を受け、経営会議で本社部門の改革が課題として挙がり、その推進役として経営企画部が任命されたのであった。

課題意識

 堀越にとっても、本社部門に対する課題意識がないわけではなかった。
 堀越は、事業企画でのキャリアが長かった。海外子会社へのマネジメントポジションでの赴任経験もあった。その経験の中で、本社部門から何か助けてもらった記憶はなかった。
 M&Aを企画して相手方との厳しい交渉を経て契約条件を取りまとめても、その条件の決裁には何人もの役員の承認をとって回る必要があった。更に、その役員承認の前には部長クラスへの事前説明が必要であった。決裁に1カ月近く要し、結果として相手方の環境が変わってしまってディールが破断しかねない状況に陥ったこともあった。
 また、海外子会社にいた頃、現地での経営管理を高度化するためにどうしても人手が足りないことがあった。その際、本社に駐在員の増員を依頼したが、なしのつぶてであった。
 「口ばかり出すが、手は貸してくれない」というのが、堀越にとっての本社部門の印象であった。
 そんな堀越だが、今は経営企画部長として、その本社部門の中枢にいる。本社部門での経験を積むにつれ、その背景が段々と見えてきていた。
 まず、本社部門は、事業本部に比して自浄作用が極めて働きにくい。事業本部であれば明確なP/Lがあるが、本社部門には存在しない。すなわち、本社部門はコスト積み上げ型の予算策定プロセスである。年度末には、翌年度以降の予算を減らさないため、予算の使い切りを目的とした経費が増えるという始末である。これらの費用は事業本部に配賦されており、毎年の事業計画策定時にはその料率について侃々諤々の議論があるものの、最終的に事業本部にとって明確な拒否権はない。このような状況にあっては、コスト意識など高まりようもない。
 更に、本社部門は人材の活用が極めて限定的である。本社部門の平均年齢は事業本部に比してかなり高い。その道一筋何十年というようなベテラン社員もおり、今更他の部門に配置転換しようにも、スキルがマッチしないケースが多いのだろう。ある意味で「アガリ」のようなポジションになっているからこそ、個々人にも自己成長のモチベーションはあまりないように見える。
 そこまで考えて、堀越は一人でまた渋い表情をした。このような構造的な課題はあるけれど、何よりも大きなボトルネックになっているのは、複数の部門をまたいで改革を行うだけの推進役がなかなか見つからないことなのだ。各部門のレポートラインを辿っていけば、各機能の担当役員に当たる。すなわち、本社部門を改革するには、各役員の「城」に切り込んでいかなければならない。そして、その役を任されたのが、他ならぬ自分自身なのである。
 「まあ、いつまでもぬるま湯に浸っているわけにもいかないか」
 堀越は、また周りに聞こえないように心の中でつぶやき、デスクから目をあげてオフィスを見回した。
 自分には頼れるメンバーがいる。そして、ちょうど彼らは一仕事終えたところだ。東南アジアに放り出した直後に、今度は本社部門という「伏魔殿」に飛び込ませるのもなかなか酷な話ではあると思う。だが、昔からの付き合いがあるから、次に何が起きるか、何となくの予想はしているだろう。
 堀越は、一仕事終えてデスクで山本と談笑している木村に声をかけた。
 「木村君、さっき報告会議を終えたばかりのところ申し訳ないんだけど、ちょっと相談があるから話できるか?」
 木村はギクッとした様子でこちらを振り向いたが、すぐに承知して会議室をおさえにいった。
 堀越から木村に、新たなミッションと悩みの種が言い渡されようとしていた。

(次号へ続く)

■筆者プロフィール■
伊藤 爵宏(いとう たかひろ)
デロイト トーマツ コンサルティング合同会社 シニアマネジャー
製造業を中心に、バイサイドディールにおけるビジネスアドバイザリー、セルサイドディールの構想・実行、PMIにおける統合事務局、グループ子会社の再編構想等、M&A・組織再編全般にアドバイザリー経験を有す。
近年では、日本企業のグローバル経営力強化に向け、グローバル本社・地域統括組織におけるミッション・機能の再定義から組織再編の構想・実行に至る機能・組織変革案件に多数従事している。

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