[マールインタビュー]

2023年11月号 349号

(2023/09/19)

投資銀行リンカーン・インターナショナル 米投資ファンドの売り手FAとして独自の存在感

中塚 健介(リンカーン・インターナショナル 副社長 マネージング・ディレクター)
  • A,B,EXコース
※本記事は、M&A専門誌マール 2023年11月号 通巻349号(2023/10/16発売予定)の記事です。速報性を重視し、先行リリースしました。
中塚 健介(なかつか・けんすけ)

中塚 健介(なかつか・けんすけ)

慶應義塾大学法学部政治学科を卒業後、ピッツバーグ大学公共国際問題大学院修士課程を修了。大和証券SMBC企業提携部でキャリアを開始。クレディ・スイス証券に15年勤務し、マネージング・ディレクターM&A本部長を務めた。前職のシティグループ証券では、投資銀行・法人金融部門 M&A本部マネージング ディレクター兼スポンサーカバレッジ責任者。

ブティック型の投資銀行リンカーン・インターナショナル(本社はアメリカ・シカゴ)は、案件サイズで5億米ドル程度の米国の中規模PEファンドの企業の売却を手掛ける売り手FAを中核業務とし、日本企業にクロスボーダーのM&A案件を紹介している。リンカーン独自のデータソース『プライベート・マーケット・インデックス(The Lincoln Private Market Index)』の分析・集計も手掛け、約5000社の大量のアメリカの非上場企業の業績動向を提供している。6月に日本法人副社長に就任した中塚健介氏に聞いた。
長銀の米国M&A部門が元々の母体

―― リンカーンの成り立ちについて教えてください。

「リンカーンは、旧日本長期信用銀行が米国で展開していたM&Aアドバイザリー事業を起源としています。1990年代後半に長銀の経営危機が起こり、アメリカでのM&A事業が疎かにならざるを得ず、当時のメンバー4人が1996年にシカゴで『リンカーン・パートナーズ』として独立を果たしたのが生い立ちです。

 長銀子会社としての経緯から、リンカーンのトップマネジメントには日本に対する深い理解や支持があります。私は2023年に入社しましたが、創業メンバーが日本まで足を運び、日本拠点の重要性を説明してくれました。事業展開やプラットフォームの構築は取り組み途上ですが、トップマネジメントからは強力なサポートを受けています」

―― 組織の規模、特色や強みはいかがですか。

「現在、約900人の従業員がおり、うちパートナーまたはMDが100人程度です。この規模は、組織のグローバル性、繋がり、そして一体感を維持する上で理想的と感じています。100人がお互いの顔と名前、性格までをしっかりと理解し合っています。しかし、仮にこの数が500人に増えると、組織内で共有する方向性や戦略が希薄になるリスクがあります。リンカーンの強みとして私が誇りに思っているのは、この約100人のパートナーがグローバルに活動しながらも、お互いに個人的な関係を築けている点です。

 当社は毎年、外部ベンダーによる『#1 Sell-Side Advisor to Private Equity Globally』の常連になっており、これが最大の強みのひとつです。この強みは、セルサイドとプライベート・エクイティの専門知識、そしてグローバルな活動がベースにあります。それぞれが持っている得意分野や経験を基に、グローバルにはセクターチームを形成し、専門的なサービスを提供しています。

 15カ国・24都市にオフィスを持ち、本拠地である米国はもちろん、ヨーロッパの主要都市にもしっかりとした拠点があります。サイズとしては大手投資銀行には及びませんが、グローバルM&Aアドバイザリーとしての立ち位置は強固です。2022年は約360件のM&Aアドバイザリーを手掛けましたが、その半数近くがクロスボーダー案件で、これは海外オフィスとの連携の強さの証左です。

 その他の特徴は中規模のM&A案件を専門としている点です。具体的には、案件サイズが企業価値ベースで5億ドル(約730億円)までの案件が主要対象ですが、実際には1億ドル~3億ドルの規模の案件がボリュームゾーンになっています」

海外の売り案件を日本の企業に紹介

―― 日本法人の機能や人員構成はいかがですか。

「日本オフィスはM&Aアドバイザリーに特化しており、事業は順調に拡大しています。他方、東京以外の主要拠点、特にアメリカでは、フェアネスオピニオン企業価値評価、または資金調達のアドバイスなども手掛けています。

 東京には現在10人のM&Aバンカーが在籍しており、現在も数名の採用を進行中です。短期的には15人程度のチームとして運営を行い、中長期的には20~30人規模を目指しています。

 その他にも、シニアアドバイザーとして、多様な業界で実績を持つプロフェッショナル6人が参画しています。シニアアドバイザーの広範な人脈や関係は、日本法人のビジネス展開において極めて価値が高いものです」

―― 日本法人の業績とビジネスモデルについてはいかがでしょうか

「後ほど詳しく説明しますが、海外からの売り案件を日本の企業に紹介する業務に1つの強みがあります。一方で、日本の企業の特に海外でのノンコア事業の売却や日本企業の海外企業買収にも多く関与しています(図表)。

 多くの場合、これらの案件は大手のアドバイザリーファームには小さすぎると判断され、小規模なブティックファームや日系証券会社も、グローバルな視点でのアプローチが難しい場合が多いです。このギャップを埋め、グローバルかつ比較的小規模な案件にもしっかりと取り組むことができるのが強みです」

【図表】直近の日本企業に係る案件実績
【日本企業による売却(カーブアウト)案件 (売手側FA)】
  • 日東電工による北米及び中国におけるNVH事業の一部のParker Corporationへの譲渡(2022年)
  • 積水化学工業によるSekisui XenotechのBioIVTへの譲渡(2022年)
【日本企業による海外買収案件 (買手側FA)】
  • 日立グループ(日立産機システム)によるTelesis Technologiesの買収(2022年)
  • 東芝グループ(東芝エネルギーシステムズ)によるGP Strategies Corporationの事業部門の買収(2021年)
【日本企業による海外買収案件 (売手側FA)】
  • 品川リフラクトリーズによるSaint-Gobainの事業部門の買収(2022年)
  • 凸版印刷によるInterFlex Groupの買収(2021年)
(出所)リンカーン・インターナショナル

―― ビジネスや、組織風土の面で特徴はありますか。

「大手の投資銀行の場合、クライアントから『こういう案件を検討している』『この案件をアドバイザーとして手伝って欲しい』と言われたときに、案件のサイズの面から『お手伝いできない』とお断りしなければいけないケースもあります。

 当社はサイズの制約やフィーの制約に対して非常にフレキシブルですし、クライアントのニーズに応えるということだけにフォーカスして仕事ができるファームです。様々な組織を経験しましたが、M&Aのプロフェッショナルとして非常に仕事が楽しく、やり甲斐があります。

 やはり、M&Aバンカーは基本的に案件をやりたいのです。『小さいのでできません』ではなく、サイズの大小に関わらず常にクライアントの目的の実現のためにサポートする、という姿勢はリンカーンならではの強みになっていると思います」

M&Aの主戦場は中規模案件

―― 手数料のスケールに捕らわれず、かつ中規模案件を主要領域にしているということですか。

「実は日本の大企業であっても、最も活発に検討されるM&A取引は、案件サイズで5億米ドル程度までのゾーンが大半だと思います。これは業界でミドルマーケットと呼ばれる範囲ですが、この領域が実は最も取引が活発な市場です。

 ただし、このボリュームゾーンで、グローバルに活動して大手投資銀行と同等の品質でアドバイスを提供する企業は少なく、当社、フーリハン・ローキーやロスチャイルドなどに限られます。リンカーンはミドルマーケットに軸足を置いているので、多くのクライアントとの関係を維持できています」

―― 報道などで大きく扱われるのは大企業の巨額M&A案件ですが、実務の実態は異なる、ということですか。

「日本市場では近年、年間3000~4000件規模のM&Aが行われていると認識していますが、おそらくその90%以上は企業価値で500億円以下の案件です。M&Aには適時開示されない案件も多く、M&Aのプロフェッショナルにとっては、M&Aの多数が中規模案件という理解は、半ば常識と言っても良いと思います。大手投資銀行は、このようなM&Aの領域にはほとんど関与していません。メディアの報道では巨額のM&Aが取り上げられますが、M&Aの実態は違い、ミドルマーケットのM&Aがこの業界の主流です。

 ですから、この領域をしっかりとサポートして伸ばしていくことは、日本のM&A市場の更なる発展に必要なことです。適切なアドバイザーが、企業にとって有益な情報を提供することが、日本企業や経済全体にとっても極めて重要です。さらに、クロスボーダーM&Aは今後の日本企業の持続的な成長のために不可欠であり、『大きな案件のみ』という考えは、将来有望な企業の成長を難しくしてしまいかねません」


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