[M&Aフォーラム賞]

2018年11月号 289号

(2018/10/15)

第12回M&Aフォーラム賞が決定――M&Aフォーラム賞『RECOF賞』などに4作品を選定

 選考の最後は、M&Aフォーラム賞の前身であるレコフ賞を受け継ぎ、学生論文を対象として表彰を行ってきましたM&Aフォーラム賞選考委員会特別賞について議論・検討を行い、中村文亮著『買収による開発者の生産性への影響:共同開発関係の変化の観点より』を全会一致で授与することとしました。

 本論文は、ソーシャル・キャピタルとしての開発者ネットワークが、開発者の生産性を高める効果を持つことに着目した実証論文である。本論文のユニークな点は、アメリカ半導体産業における、買収企業または被買収企業から特許申請をした開発者429人(17社による買収案件42件)を分析対象のサンプルとして選択したことにある。この開発者のデータを用いて、3つの仮説を検証している。第1に、被買収企業の開発者の生産性は、買収前からの共同開発が維持される程上昇する。第2に、買収企業の新メンバーとの関係を拡張する程上昇する。第3に、買収企業と被買収企業との技術重複度が低い程上昇するというものである。

 分析結果をみると、技術重複度の符号はマイナスであるが有意性に乏しい一方で、新メンバーとの相互作用項では有意に負の効果を検出している。著者も指摘しているところであるが、開発者の生産性を特許の数のみで判断してよいのか、また、ソーシャル・ネットワークという場合に買収企業と被買収企業の開発者だけに限定してよいのかという問題がある。後者の点は、企業内部における研究開発部門の戦略的な役割と位置付け、また、オープン・イノベーションの重要性に鑑みると、大学など企業外の研究者とのコラボレーションなどを考慮する必要があろう」


M&Aの成功確率を高めるべく、M&A活動の普及・啓発とM&A人材育成活動を展開

落合氏
落合氏
 また、M&Aフォーラムの落合誠一会長(東京大学名誉教授)は、同フォーラムの活動について次のように述べた。

 「私どもM&Aフォーラムは、2005年に内閣府経済社会総合研究所のM&A研究会で設立が提唱され、民間ベースのフォーラムとして発足しました。

 この間、M&A活動が、わが国経済の持続的成長、あるいは産業・企業の成長・発展に寄与するという設立の目的に基づき、わが国におけるM&A活動の普及・啓発を図り、あわせてM&Aに精通した人材の育成を目指して、M&A人材を育成するべく『M&A人材育成塾』とM&Aをテーマとした書籍、研究論文を顕彰する『M&Aフォーラム賞』の2つの事業を軸として、着実に実績を積み上げてまいりました。

 『M&A人材育成塾』と称する研修事業は、2006年から今日までに開催された講座は5つのコース計39を数え、ご活用された企業数は延べ850社、受講者は1300名の方々にご参加を頂いています。講師には、カリキュラムに合わせて、M&A業界の実務に携わる第一人者の方々をお願いしております。中でも2009年からスタートしたM&A実務担当者向けの“M&A実践実務講座”は、この10月に節目の30回目の開催を予定しております。M&Aの基礎実務として位置づけていた5つのプログラムに、M&Aの法務や事業法人のディールマネジメントをテーマにした講義を特別編として、選択受講可能なスタイルで昨年からラインナップに加え、講座の充実を図りました。カレントな事例やトピックを取り入れ、双方向での講義やグループワークなど講義スタイルにも工夫が施され、総合的にM&Aを学べる講座となっています。

 もう1つは、今回12回目の表彰式を迎えました『M&Aフォーラム賞』です。わが国のM&Aの普及啓発、発展に資する優れた書籍、研究論文に対して表彰する制度で、毎年実施してまいりましたが、前回第11回までに40の書籍・研究論文が表彰されています。

 受賞作品を一覧すると、毎回、その時節のわが国のM&Aの実情を反映した作品が応募されており、わが国のM&Aの発展の状況が判るという側面があります。

 岩田一政選考委員長のもと、選考委員会において、毎回、厳正なる審査が行われており、また、これまでと同様、いずれも大変レベルの高い作品であったと聞いております。今回は応募いただいた作品すべてがハイレベルで、一次審査から僅差での評価となり、その結果、最終的に受賞対象となった作品は、いずれも甲乙つけがたく、例年以上に選考委員の先生方を悩ませたそうです。お忙しいところ、岩田委員長を始め、審査の労を賜りました選考委員の先生方に、この場を借りて厚く御礼申し上げます。

 リーマン・ショックを契機に一時停滞した日本企業のM&Aは、近年は増加が続き、2017年は過去最多件数を更新しました。中でも、海外企業に対するM&Aは重要な成長手段としての認識が高まっており、国内市場の停滞・縮小を受けた海外進出・事業拡大と豊富な内部資金の活用方法の選択肢として、着実に広がっているようです。その一方で、海外企業に対するM&Aは、想定したシナジーが得られず、買収効果を見出すことができなかったり、買収先の経営難や高値掴みといったリスクも大きいため、国内企業とのM&Aに比べると、総じてその難易度は高まります。世界的にもビジネスの成長スピードが上がる中、M&Aを自社の成長手段として有効活用していくには、これまでのM&Aの経験から学び、反省を次につなげて、成功へのヒントを見出す取組みが求められます。本フォーラムにおいても、わが国企業M&Aの成功確率を高めるべく、M&A活動の普及・啓発とM&A人材育成活動を中心に今後も展開していきたく存じます。

 皆様には、本フォーラムの趣旨のご理解を賜り、より一層ご支援の程お願い致します」


受賞者の言葉

 受賞者は、それぞれ次のように喜びの言葉を述べた。
【受賞者の言葉】

■【正賞】『IFRS任意適用がM&Aの収益性へ与える影響』
天野良明(京都大学 大学院経済学研究科 博士後期課程)

天野氏
天野氏

 「この度は、M&Aフォーラム賞正賞を頂戴し、誠にありがとうございます。選考委員の先生方、並びに関係各位に心より御礼申し上げます。
 受賞作品は、日本企業のIFRS任意適用がM&Aの収益性に与える影響について、実証分析を行ったものです。日本基準とIFRSの大きな相違点として『のれん』の償却の有無があり、この点がM&A後の利益に影響を与えることがしばしば指摘されています。本稿は、のれん償却の有無が、単なる会計数値上の相違だけでなく、企業のM&Aにおける意思決定に実体的な影響を及ぼすのではないかとの問題意識に基づき執筆いたしました。
 日本におけるM&A、およびIFRS任意適用はいずれも日進月歩の分野です。毎年生まれる新たな事例を取り込みつつ、よりよい研究ができるように精進を続けてまいりますので、今後ともご指導、ご鞭撻を頂戴できましたら幸いです」


■【奨励賞】『スピン・オフ税制の導入とわが国上場会社への影響』
太田 洋(西村あさひ法律事務所 弁護士)

太田氏
太田氏

 「この度は第12回M&Aフォーラム賞奨励賞(RECOF奨励賞)を頂き、大変光栄に存じます。選考委員の先生方及び関係者の皆様には、厚く御礼申し上げます。
 この賞を頂戴するのは第2回及び第7回に続いて3回目となるのですが、奇しくも前回の受賞から再び5年ぶりに愛着の深いこの賞を頂戴することができ、感激も一入です。
 本論文は、平成29年度税制で導入されたスピン・オフ税制による課税繰延措置の概要とそれがもたらす実務上の潜在的インパクトについて論じたものですが、その後も平成30年度税制改正等により、スピン・オフ税制は更に使い勝手が増しているところです。にも拘わらず、残念ながら、本論文執筆後も、未だにわが国では上場会社による本格的なスピン・オフの事例は1件しか現れていません。
 本論文が今回賞を頂いたことで、スピン・オフの意義・重要性に改めて光が当たり、わが国上場企業がスピン・オフを有効に活用して事業の「選択と集中」を一層進めていくきっかけの一つになれば、筆者としては望外の喜びです」


■【奨励賞】『製薬業界におけるM&Aおよびオープンイノベーションによる価値創造  Key Success Factorに関する研究』
佐々雄一(エーザイ株式会社 コーポレートプランニング部 アソシエートディレクター)

佐々氏
佐々氏

 「このたびは、M&Aフォーラム賞奨励賞(RECOF奨励賞)という名誉ある賞を頂き、大変光栄に存じます。審査および評価して下さった選考委員会の諸先生方、さらにこのような機会を提供して下さいました主催者・ 関係者の皆様に深く感謝申し上げます。
 本論文は、M&Aおよび製薬企業が活発に取り入れているオープンイノベーションについて、手法による株主価値創造アウトカムの違いを評価し、株主価値を創造・毀損する条件およびKey Success Factorについてイベントのステージや形態を分類して定性的な評価を加えながら研究を行ったものです。日本の製薬企業が効果的なM&Aを実行し、グローバルな価値創造に繋がる事例が少しでも増えれば大変幸いでございます。
 今回の受賞を励みとして、今後も事例の分析を進めながら実務へと繋げ、M&Aの成長と発展に微力ながら寄与できるよう日々精進してまいりたいと存じます」


■【選考委員会特別賞】『買収による開発者の生産性への影響:共同開発関係の変化の観点より』
中村文亮(大阪大学 大学院経済学研究科 博士後期課程)

中村氏
中村氏

 「この度は第12回M&Aフォーラム賞選考委員会特別賞(RECOF特別賞)に選んでいただき誠にありがとうございました。本論文は被買収企業の開発者の共同発明者の変化が、どのように買収後の特許生産性に影響を与えるかを米国半導体企業の買収および特許データから分析したものです。既存研究では、買収には被買収側の人々の研究開発成果を低下させるというネガティブな側面があることが知られておりました。本研究を行った動機には、このような影響を買収後のマネジメントによって少しでも緩和させ、さらに成果の拡大をもたらしたいという著者の思いがございました。今回は共同発明者の構成というチームマネジメントからのアプローチでございましたが、今後の研究では組織構造、リーダーシップや組織文化といった多様な側面から被買収企業の人々の活躍に貢献する要因を明らかにしていきたいと考えております」

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