[M&Aフォーラム賞]

2016年11月号 265号

(2016/10/18)

第10回 M&Aフォーラム賞が決定――M&Aフォーラム賞『RECOF賞』などに4作品を選定

  石綿学・棚橋元ほか著『M&A法大系』は、M&Aに関連する法律実務に関する包括的な解説書であり、執筆陣も47人、ボリュームも1062ページの大作です。

  M&Aは法律の坩堝ともいわれますが、本書は、会社法、金融商品取引法、民法、競争法、労働法、倒産法、税法、外国法のみならず、産業別の業法や官庁の作成するガイドライン、報告書などのソフトローも網羅した法律実務に携わる者にとって必携の書と言えます。

  本書は2部構成であり、第1部総論は、M&Aの意義、構成、プロセス、契約条件、経済条件(企業価値評価)、取締役の義務と責任の6章で構成され、第2部は各論として、M&Aの手法、利益相反構造のあるM&A、敵対的買収と買収防衛策、ベンチャー企業のM&A、法的整理・私的整理・国際倒産、三角組織再編、買収ファイナンス、競争法、労働法、業規制からなっています。

  本書の記述は平明、明快であるばかりでなく、米国法におけるレブロン基準、ユノカル基準などの裁判例の要を得た解説と日本における受容の是非についても踏み込んだ記述がなされています。

  ベンチャー企業との関連ではアーンアウト、競争法の関連では、許認可の取得(レギュラトリー・クリアランス)や許認可が得られなかった場合のリバース・ターミネーション・フィー、さらには取引実行前における当事者間の準備行為がカルテル規制の潜脱とみなされる懸念に対するガン・ジャンピング規制など、日本ではまだ実際に観察されたことのない事項についても解説がなされていることは、本書の優れた特徴と言えます。

  小澤宏貴・池田直史・井上光太郎著『個人投資家の参照点と株式公開買付け価格』は、株式公開買付け価格について個人投資家の参照点が重要な役割を果たしていることを実証した秀作です。ここで参照点とは、カーネマン=ツベルスキらが提唱する行動経済学のプロスペクト理論に基づくもので、個人は、収益の最大化を図る行動をとっておらず、むしろ心理学的な判断に基づく行動、すなわち、利得と損失を判断する分かり易い基準である「参照点」を設定し、その基準に基づいて行動しているとしています。このことは、個人は必ずしも収益の最大化行動をとっているとはいえず、非合理的な行動をとっていることを意味することになります。個人投資家にとっての参照点とは過去の最高値の株価です。

  本論文の特徴は、買収先の経営者(企業主)と第三者機関が算定する公正価格も、買収が成功することを願うが故に、個人投資家の参照点を考慮して行動していることを実証したことにあります。そこでの実証分析と仮説検定は、堅実であり、得られた結論も明快です。

  本論文の投げかける課題は、仮に個人投資家の非合理的な行動が、公開株式買付け価格に大きな影響を与えているとすれば、そこで決定される価格は、本来企業がM&Aによって実現するであろう企業価値とは乖離する可能性があり、その場合に、「公正な価格」とは一体何であるのか改めて問われることになります。

  この問題は、第三者機関における公正価格算定において、DCF法と類似会社比較法で異なる結果が得られていることに現れています。後者の計測方法においては、個人投資家の参照点による分布の歪みが現われていないからです。仮に、本論文が主張するように、類似会社比較法の方が評価者による判断の余地が小さく個人投資家の参照点の影響を受けないとすれば、公正な価格は、むしろ類似会社比較法によって計測する方が望ましいともいえる可能性もあるのではないでしょうか。

  最後に、M&Aフォーラム賞の前身であるレコフ賞を受け継ぎ、学生論文を対象として表彰を行ってきましたM&Aフォーラム賞選考委員会特別賞について、授賞の議論・検討を行い、童科著『広告業界におけるM&Aを通した株主価値創造~イベント・スタディによる検証~』を全会一致で授与の決定をしました。

  本論文は、世界の大手広告代理店企業が実施したM&Aのイベント・スタディにより、投資家に評価されやすいM&Aの定性的な成功要因を研究したものです。データの限界がある中でまとめられ、解釈、結論にはやや無理もあり、更なる踏み込んだ分析も必要との意見もありましたが、最終的にビジネススクールでの短い期間での研究成果としては一定の水準に達しており、学術奨励賞に値する作品であると評価しました」

「M&Aフォーラム」設立10周年を記念して特別シンポジウムも開催

落合氏  また、M&Aフォーラムの落合誠一会長(東京大学名誉教授)は、同フォーラムの活動について次のように述べた。

「私どもM&Aフォーラムは、2005年に内閣府経済社会総合研究所のM&A研究会で設立が提唱され、民間ベースのフォーラムとして発足から10年が経過しました。この間、M&A活動が、わが国経済の持続的成長、あるいは産業・企業の成長・発展に寄与するという設立の目的に基づき、わが国におけるM&A活動の普及・啓発を図り、あわせてM&Aに精通した人材の育成を目指して、地道な活動を続けてまいりました。

  皆様からのご支援のおかげをもちまして、2015年12月には、設立10周年記念の特別シンポジウム『これからの日本企業の経営とM&A』を挙行いたしました。シンポジウムでは、前半、M&Aフォーラム賞の選考委員長をお願いしております日本経済研究センターの岩田一政理事長に記念講演を賜り、後半は、M&A各分野の第一人者にパネラーをお願いして『日本企業のM&A、そして経営はどう変わっていくのか』をテーマとするパネルディスカッションを実施しました。フォーラムご関係の皆様や『M&A人材育成塾』の受講者の方、第9回までのM&Aフォーラム賞の受賞者の方など、当日は100人を超える方々から熱心なご聴講をいただきました。お忙しいところ、岩田理事長をはじめ、ご登壇を賜りましたパネラーの皆様、また、ご聴講を頂いた皆様に、この場を借りて改めまして厚く御礼申し上げます。

  さて、設立10年の節目を迎え、私どもM&Aフォーラムは、今後も『M&A人材育成塾』と『M&Aフォーラム賞』の2つの事業を軸として、着実に実績を積み上げてまいります。

  M&A人材育成のための『M&A人材育成塾』と称する研修事業は、2006年から今日までに開催された講座数は30講座を超え、ご活用された企業数は延べ670社あまり、受講者は1000人強の方々にご参加を頂いています。講師にはM&A業界の第一人者の方々をお願いしており、中でも2009年からスタートした“M&A実践実務講座”はこの10月に24回目の開催を予定しております。5つのプログラムからなる講義は、基礎から実践までM&A実務の要点とともに、事例やトピックも取り入れており、M&Aの初期研修に最適とご好評を頂いています。週2回、2週間あまりと短期集中的に総合的なM&Aが学べることもあり、首都圏のみならず、地方からのご参加も頂戴する中心的な講座となっています。

  もう一つは、今回10回目を迎えました『M&Aフォーラム賞』という顕彰制度事業です。わが国のM&Aの普及啓発、発展に資する優れた書籍、研究論文に対して表彰する制度であり、レコフさんの全面的なご支援を得て毎年実施しております。毎回その年のわが国のM&Aの実情を反映した作品が応募されており、受賞作品を一覧するとわが国のM&Aの発展の状況が判るという側面があります。

  岩田一政選考委員長の元、選考委員会において、毎回、厳正なる審査が行われており、今回も、これまでと同様、いずれも大変レベルの高い作品の応募を頂いたと聞いております。特に受賞作品は、いずれも甲乙つけがたく、今回も選考委員の先生方を悩ませたそうです。お忙しいところ、岩田委員長を始め、審査の労を賜りました選考委員の先生方に、この場を借りて厚く御礼申し上げます。

  M&Aは、再編や海外進出など経営戦略の一つとして日本企業に根付き、また、M&Aの活用を通して、幾多の経験も重ねてきています。コーポレートガバナンス・コードの導入もあり、制度的にも、企業はより収益力強化が求められるようになって、その重要な経営手段の一つとしてM&Aの活用は続くものと思われます。

  皆様には、本フォーラムの趣旨をご理解賜り、より一層のご支援の程お願い致します」

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