Question
DCF法による事業価値の算定において、事業計画が3~5年である場合、事業価値の多くの部分は事業計画期間経過後の継続価値によって占められることになる。それだけに継続価値の計算が非常に重要となる。実務では永久還元法とExit Multiple法が用いられるケースが多いが、その考え方の違いはどこにあるのだろうか。
また、永久還元法においては、事業計画期間以降の成長率をインフレ率等のマクロ指標に合わせて設定することも多いが、果たして実態と合っているのだろうか。
インカム・アプローチのDCF法は主に以下の3つの要素から成り立っている。
① 事業計画等を基礎としたフリー・キャッシュ・フロー
②
割引率 ③ 継続価値
なお、異なる見方として、DCF法の要素をキャッシュ・フローと割引率の2つに整理し、このうちキャッシュ・フローについては事業計画と事業計画期間以降の継続価値に区分するという考え方もあるが、いずれにせよ今回は継続価値の計算について解説する。
本連載の第2回の冒頭で用いた設例と同様に、製造業を想定する。その企業のフリー・キャッシュ・フロー(FCF)および継続価値の計算例を図表1として設定し、継続価値の計算におけるポイントを解説する。
図表1 FCFおよび継続価値の計算例
1 継続価値とは 今回、継続価値の計算における3つのポイントについて解説していく。
① 永久還元法とExit Multiple法の選択
② 事業計画期間以降の減価償却費と設備投資の水準
③ 永久成長率の設定方法(なぜ永久成長率はインフレ率等を参考にするのか)
3つのポイントを解説する前段として、まずは継続価値について簡単に解説する。
通常、企業は永久に継続していくことを前提としている。一方で、事業計画は一般的に3~5年程度の期間で策定されることが多い。永久に継続していく前提の企業を有限の事業計画期間でバリュエーションしてしまうと、企業の価値を過少計上してしまうことにつながる。そこで、継続価値という概念が存在する。
継続価値とは、事業計画期間以降に企業が生み出すことが期待される価値のことである。DCF法においては、事業計画期間のFCFの割引現在価値と事業計画期間以降の継続価値の割引現在価値の2つを合計することで事業価値が計算されることになる。
2 継続価値の計算手法
継続価値の計算手法として一般的に用いられるのは、永久還元法とExit Multiple法の2種類である。
(1) 永久還元法
永久還元法とは、事業計画期間最終年度を基礎として、それ以降は定常状態(安定した状態)とみなして、インフレ率等のマクロ経済指標に従って成長し、営業利益率等の水準も一定で推移することを前提として計算する方法である。このインフレ率等の経済指標を基礎として設定する成長率のことを永久成長率という。
例えば、事業計画期間を5年間とし、事業計画期間翌年である6年目のFCFをFCF6、7年目のFCFをFCF7とすると、以下の式で表現できる。
FCF7 = FCF6×(1+永久成長率)
一定の成長率かつ一定の利益率である場合、これは等比級数となる。継続価値は事業計画期間以降のFCFを足し合わせたもの、すなわちFCF6からFCF∞まで足し合わせたものであるから、数学的には無限等比級数の和の公式を用いると一般化でき、以下の公式で計算することができる。これをゴードンモデルという(ここで、rは割引率、gを成長率とする)。
継続価値 = FCF6÷(r-g)
永久還元法においては、継続価値の計算にあたって、定常状態を前提としているが、定常状態として事業計画期間以降の成長率をインフレ率等のマクロ指標に合わせるのは果たして実態と合っているのだろうか。
永久成長率はある意味、継続期間の期待リターンとも考えられる。詳しくは次回の本連載にて取り上げるが、割引率は期待リターンと表裏一体であり、割引率としてDCF法において使用されることが多い
WACCの構成要素のうち、
株主資本コストはCAPM(Capital Asset Pricing Model: 資本資産価格モデル)に基づき以下の式で表される。
株主資本コスト = リスク・フリー・レート + エクイティ・リスク・プレミアム × ベータ値
リスク・フリー・レートがインフレ率と概ね同じ概念とすると、「エクイティ・リスク・プレミアム×ベータ値」はある業界の営利企業に投資した際のボラティリティに連動した期待リターンの水準であり、期待リターン水準の基礎となるエクイティ・リスク・プレミアムは、株式市場全体に投資した場合の歴史的な推移の分析を基礎としている(ヒストリカル・エクイティ・リスク・プレミアムの場合)。
上記の点を踏まえたときに、継続価値の計算において、急に永続的な成長期待としてインフレ率等のマクロ指標を採用することは、「エクイティ・リスク・プレミアム×ベータ値」の分の期待リターンを考慮に入れていないため、不整合ではないかという疑問である。当該疑問に関する解説は今回の解説の最後に行う。
(2) Exit Multiple法 Exit Multiple法は、「仮に事業計画の最終年度に対象となる事業を売却することを想定したらどのような評価となるか」という観点で継続価値を計算する方法である。一般事業会社においては、上場類似会社の情報を用いて
EBIT倍率法や
EBITDA倍率法で計算することが多い。
以下の図表2はExit Multiple法の計算例である。
図表2 Exit Multiple法による継続価値の計算例
図表2の設例では、計画期間最終年度であるX5の営業利益612に対して、倍率の8倍を乗じた4,896が継続価値として計算されている。永久還元法と比して計算はシンプルといえる。
3 永久還元法とExit Multiple法で乖離が生じるケース では、永久還元率法とExit Multiple法のいずれの評価方法が継続価値の計算として適切と考えられるだろうか。
結論から言えば、いずれの方法が絶対的に正しいということはない。仮にいずれかの方法が絶対的に正しいのであれば、継続価値の評価方法として正しいほうが存続し、劣後するほうが淘汰されているはずである。また、ビジネスの実態を踏まえた正しい前提を設定すれば、評価方法によって価値が異なることも論理的ではない。したがって、2つの評価方法を適用した結果に乖離が発生しているのであれば、その乖離を吟味することが非常に重要となる。
例えば、ベンチャー企業のように事業計画期間に高い成長が期待されており、計画期間最終年度であっても高成長が続くようなケースでは、事業計画期間以降の永久成長率としてインフレ率等のマクロ指標を採用してしまうと、永久還元法では価値が過少に計算されてしまうおそれがある。
もっとも、対象会社が高成長企業で、継続価値として「永久還元法<Exit Multiple法」となる場合であっても、Exit Multiple法において採用している倍率が、上場類似会社の実績や将来1年目または2年目の予想利益指標に対する倍率であった場合には過大評価してしまう可能性があることにも留意が必要である。例えば、事業計画期間として5年あり、その間に急激な成長をしているとしても、上場類似会社においても同じような成長が期待されている業界であれば、上場類似会社の5年後の利益指標も大きく成長していることが期待される。そのため、上場類似会社の実績や将来1年目または2年目の予想利益指標に対する倍率よりも5年後の利益指標を用いたほうの倍率が小さくなるからである。
データの可用性の関係で、一般的に上場類似会社の予想を長期では入手することができないため、Exit Multiple法において採用する倍率については留意が必要となる。
図表3において、採用する倍率の水準により計算される継続価値の水準が大きく異なる可能性がある点を設例で紹介するとともに、仮に上場類似会社の5年目の予想利益指標が入手できた場合の影響度も記載するため参考にしてほしい。
図表3
なお、今後、本連載において、インカム・アプローチとマーケット・アプローチの乖離が発生した場合の結果の吟味について解説する予定である。その内容は継続価値の計算における永久還元法とExit Multiple法の乖離の要因とも関連するため、一読いただければ幸甚である。