スタートアップであってもバリュエーションの枠組みは一般的な事業会社と変わらないものの、評価に用いる情報の質・量やスタートアップ固有の資本構成を含め、価値算定にあたって留意すべき点がいくつかある。昨今では、大企業によるスタートアップへの出資検討といった場面での価値算定や、
ストック・オプション税制の改正に伴い、ストック・オプション発行体による会計目的での価値算定の必要性が高まっているが、実際の評価事例を見ると判断に大きく幅がある。本稿では、実務上、スタートアップについてどのような価値算定がされることが多いかについてまとめてみたい。
Question
通常の事業会社と比較して、スタートアップ・バリュエーションにおいて、留意すべき点は何だろうか?
スタートアップ・バリュエーションにおいても、バリュエーションの考え方の基本は、インカム・アプローチの
DCF法もしくはマーケット・アプローチのマルチプル法となる。しかし、いざ各評価手法を用いるにあたり、情報の質・量やスタートアップ固有のファンディング方法(=資本構成)を含め、評価においては諸課題に直面する。
1 一般的な事業会社のバリュエーションとの違い (1) 事業計画のコンセプトの違い 過去の本連載でも解説しているように、DCF法は対象会社の生み出す将来キャッシュ・フローを適切な
割引率で現在価値計算をすることによって会社の価値を求める手法である。評価理論として「将来キャッシュ・フローの計算はスタートアップにおいても一般的な事業会社でも変わらない」という発想は有効であるが、そもそも事業計画が持つ意味が根本的に異なるという点に着目する必要がある。
一般的な事業会社の作成する事業計画は、過去の事業運営からの連続性のなかで将来計画を立てるのが一般的であり、その事業計画は「期待値ベース」で作成され、相応の確度を有するといえる。営業チームの奮起を促すために少し高めの目標設定がされていたり、債権者に安心してもらうために保守的な計画においても返済原資が確保できる等、用途に応じての甘辛加減は存在し得るが、期待値を中心に、上振れ・下振れ要因やその影響規模は経営判断が働く範疇といえる。
しかし、スタートアップの事業計画は、大別して2つの観点から異なる。まずは、「達成するための計画ではなく改良するための計画である」という点である。PDCAを回しながら技術革新、生産工程、ターゲット顧客等に関する仮説を検証、否定、改良していくため、成功の姿は初期想定とは見違える姿であることが常である。そして計画は「成功した場合の期待値」であり、多くのスタートアップが暗礁に乗り上げることを度外視している。実際に政府の統計では、5年生存率は8割程度(ただし、データベースに収録される企業の特徴やデータベース収録までに一定の時間を要する等から、実際の生存率よりも高めに算出されている可能性がある)(出所:
2023年版「中小企業白書」)となっているように、サバイバルリスクをキャッシュ・フローか割引率に反映する必要がある。
■筆者プロフィール
高須 啓太(たかす・けいた)
デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社 シニアマネージャー
都市銀行、M&Aアドバイザリーファームを経て現職。デロイト トーマツファイナンシャルアドバイザリー合同会社では、無形資産価値評価、米国基準、国際会計基準ののれんの減損テスト支援、株式価値および事業価値評価等のバリュエーションサービスに関する業務に従事、現在に至る。
■監修者プロフィール
中道 健太郎(なかみち・けんたろう)
デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社 パートナー
トロント、ニューヨークでの監査経験を経て、1997年に来日。金融機関・金融商品・不良債権の評価、海外資源・インフラ案件の評価、機械設備の評価、訴訟・競争法関連の評価・証言を含め、幅広い業種・状況におけるバリュエーションサービスに従事、現在に至る。