1 はじめに AI技術の急速な進展により、企業の事業戦略上、AI技術が特段の重要性を有する場合が増加するものとみられる。このような企業がM&A取引の対象会社となる場合、買主は、AI技術に関連する法的リスクやビジネスリスクに対応するため、M&A契約において、知的財産・法令遵守等に関する標準的な規定のみならず、AI技術に関する特別の規定を設けるよう主張することがあり得る。
本稿では、M&A契約においてAI技術に関する
表明保証条項が設けられる場合に、当該条項により企図される意義・機能を概観するとともに(下記2)、知的財産、法令遵守等の標準的な表明保証条項でカバーされる射程に関して若干の議論(下記3および4)を行った上で、AI技術に関する特別の表明保証条項が対応しようとするリスクを概観し(下記5)、これらのリスクに対応しようとする規定の例を米国の開示実例等を参考にして若干紹介することとしたい(下記6)。
2 表明保証条項の意義・機能 AI技術の進化の速度や複雑性からすると、AI技術に関連する諸リスクを、一定の正確性をもって定量的に評価することは容易でない。AI技術に関連する法規制および裁判実務も、形成の途上にあることはいうまでもない。そのため、法的リスクに限ってみても、法規制や裁判実務が今後どのような方向に進展し、対象会社の事業にどのような影響を及ぼし得るのかを、一定の確実性をもって予測することも困難である。
M&A契約における表明保証条項は、一般的には、当事者間における「情報の偏在」に対処し、関連する「リスクの配分(分担)」を行うという意義・機能を有し得るものと指摘されている。
「情報の偏在」への対処に関しては、表明保証条項は、その文言を具体的にどのように設計し交渉するかにより、一定の場合に、当事者に対して情報の生産・開示や分析といった行動を促したり、当事者相互に信頼に値するか否かの判断を促したりする機能を有している。
また、「リスクの配分」に関しては、最終的には、公正性や衡平の観点も踏まえた裁判所等の紛争解決機関の解釈・判断によるということにならざるを得ないものの、表明保証条項の設計・交渉において、その時点における当事者の意図をできるだけ明確に反映させることが志向される。
■筆者プロフィール■
戸田 暁(とだ・ぎょう)
TMI総合法律事務所パートナー弁護士。企業紛争、M&A、知的財産に関する実務を中心に従事している。2002年ハーバード・ロースクールLL.M.修了。現在、一橋大学大学院法学研究科非常勤講師を兼務している。