デロイト トーマツ コンサルティングが行った『日本企業の海外M&Aに関する意識・実態アンケート調査(2017)』では、M&A専門組織を有する企業の割合(経団連加盟企業を中心とした145 社からの回答ベース)は、2008年の11%から2017年には46%へと大幅に増加しており、M&A機会の増加にともなって、専門部署の設置が着実に進んできたことが示されています(MARR関連記事:
【クロスボーダーM&A】「海外M&Aを経営に活用する9つの行動」を読む【第10回】行動9 過去の経験の蓄積により「海外M&A巧者」へ / まとめ)。
図表:M&A専門組織の設置割合と役割(上記、MARR関連記事より引用)
また2017年にM&Aの専門組織を有すると回答した企業のうち「ディール/
PMIともに担当する専門組織がある」と回答したのが34%、「ディールのみを担当する専門組織がある」と回答したのが63%、「PMIのみを担当する専門組織がある」と回答したのが3%という結果になっています。PMIのみを専門に行う組織が少数にとどまっていることに関しては、案件数が限られている場合、PMI専門組織の必要性が低いと考えられることや、M&Aの中心が依然としてディール実行に偏っている認識が強いことが要因として挙げられています。
この調査結果を踏まえ、近年のM&A動向とMARR Careerが保有する求人データを読み解くことで、新たに以下の3つの観点が浮かび上がってきました。
1. 専門組織を置く企業の動向予測 近年、日本企業によるM&A活動はますます活発化しています。2017年には初めて年間3000件を超え、さらに2019年には4000件台に達しました。2020年はコロナ禍の影響で一時的に減少したものの、2021年以降は再び増加に転じ、毎年4000件を超えるM&Aが実施されています。このような状況は、M&Aが日本企業の成長戦略の中心的な役割を果たしていることを示しています。加えて、経済産業省が公表した『企業買収における行動指針(2023年8月)』などが契機となり、M&Aにおける制度的・慣習的な阻害要因が解消されつつある点も注目されます。これにより、日本企業のM&A件数は今後も高い水準を維持する可能性が高いと見られます。
こうした背景から、M&Aに関するノウハウを組織内で蓄積し、専門的な体制を構築しようとする動きは加速していると考えられます。また、大企業だけでなく中堅・中小企業でも、将来のM&A機会に備えた専門人材の採用や、専門組織を設置する割合が増加していくことが予想されます。
実際にMARR Careerでは、「経営企画部がM&A業務を兼務しているが、守りの業務が中心で進展が遅い。専門チームを新設したい」、「中期経営計画の達成にはM&Aが不可欠で、上層部からは組織的な取り組みを行うよう求められている」、「M&Aとグループ企業管理を同じ部署で行っているが、将来的に分離を検討している」といった、専門組織の立ち上げを想定した人材採用のご相談が少しずつ増えています。
2. M&Aプロセスの標準化 M&Aを活用しながら成長を目指す動きが一般化し、企業でM&Aの経験値と遂行能力が高まるとともに、組織内のM&A推進機能の強化とプロセスの標準化も進んでいます。
図表:M&Aプロセス(標準)
出所:M&Aフォーラム 人材育成塾 M&A実践実務講座「M&Aのマーケット動向、ソーシング(案件発掘)及び成功への戦略」の講義資料より図表を抜粋(一部、編集加工)
標準的なM&Aプロセスを採用する場合、戦略策定からディールの実行、PMI、さらにはポストPMIに至るまで、一貫した準備と対応が求められます。特に近年は、M&Aの成功は単なるディールの成立に留まらず、Pre-M&Aから着手し、PMIを通じて経営目的を達成するまでのプロセス全体を完了することであるという認識が広がりつつあります。また、MARR Careerが扱う事業会社の求人でも、ディールのみを担当する求人ポジションは全体の1割以下にとどまっており、M&Aプロジェクト全体を見据えた計画的アプローチの重要性が一層理解されるようになっていることが分かります。
3. 「Pre-M&A」活動の強化 求人データの分析から、企業では「Pre-M&A」段階での戦略策定や
ソーシング(案件発掘)活動を担える人材を求める傾向が強まっていることが分かりました。上述のアンケート調査では、戦略策定やソーシングといった「Pre-M&A」段階の役割を担う専門組織の設置に関する調査内容は確認できませんでした。一方で、MARR Careerが保有する事業会社の求人データの約8割では「Pre-M&A」に関連する業務内容が明記されています。

出所:MARR Careerが保有する事業会社のM&A関連業務の求人データより作成
さらに、「Pre-M&A」関連業務に該当する求人データの中で、ターゲットの要件定義やリスト化を行い、能動的にソーシング活動を進めていることが伺える求人は約半数に上っています。これらの結果から、持ち込み案件に依存せず、自社の成長戦略に基づいた能動的なM&A戦略へのシフトが進んでいることが分かります。企業は、単なる案件ベースの取引ではなく、自社に不足しているケイパビリティに基づきターゲットを定義し、より計画的にM&Aを実施しようとしています。
まとめ 以上の3つの観点は、現在の日本企業がどのようにM&Aを捉え、実践しようとしているかを示唆しています。M&A専門組織を設置し、戦略に基づくソーシングからディールの実行、PMIに至るまでの一貫した対応力を備えることは、M&Aの成功率を高めるための鍵となるでしょう。さらには今後、企業規模や業種を問わず、M&A専門組織の整備がM&A市場全体の活性化を支える重要な要素となると考えられます。
(MARR Career運営事務局 泉 繭)