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[【企業価値評価】事業法人の財務担当者のための企業価値評価入門(早稲田大学大学院 鈴木一功教授)]

(2019/03/20)

【第1回】様々な企業価値算定手法とその特徴

鈴木 一功(早稲田大学大学院 経営管理研究科<早稲田大学ビジネススクール>教授)

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1.はじめに:企業価値評価とは


  企業買収に携わった事業法人の財務担当者であれば、その検討過程において被買収企業の、もしくは自社の、企業価値について評価した企業価値評価算定書を、目にしたことがあると思います。この手の算定書は、通常ファイナンシャル・アドバイザーを務める銀行や証券会社、会計事務所によって作成されることが多く、その典型的な構成としては、企業価値の算定の前提、算定手法の選択とその特徴の解説、そして実際に算定の前提となった業績予想や資産状況といった根拠数値を示した上で、計算結果としての企業価値や株の理論価格が記されています。こうした企業価値算定書の中では、マルチプル法(類似企業比較法)や、ディスカウントキャッシュフロー法(DCF法)などの企業価値算定手法が用いられていますが、M&Aに慣れていない事業法人の財務担当者にとっては、それらの手法がどのような理論に基づいていて、どのような特徴があるのかはわかりづらいかもしれません。実際の企業価値評価手法や背景となる理論については、既に拙著を含めていくつかの参考文献があります。そこで、本連載では理論の詳細については、極力平易な説明に努め、ファイナンスやM&Aの専門家でない事業法人の皆さんに向けて、押さえておくべきポイントを中心にエッセンスを解説したいと思います。

  世間において「企業価値」という言葉は、異なった意味を持って使われていることが少なくありません。大きく分けると、①株価に代表される、企業の市場での取引価値としての意味と、②株主だけではなく、従業員や取引先、場合によっては地域や社会への貢献も加味した企業の存在価値としての意味という2つがあるように思います。伝統的な日本企業の経営者は、どちらかというと②の意味で「企業価値」という言葉を使い、投資ファンドなどの投資家は、①の意味で「企業価値」を論じる傾向があります。M&Aにおける「企業価値」は、もちろん①の意味ですが、この意味で企業価値をとらえることは、必ずしも従業員や取引先を軽視して株価ばかりを見ることを意味しません。時価総額経営などと称して、市場での自社の株価さえつり上げれば、それが企業価値を上げたことになるのだ、と考える経営者も存在しますが、ファイナンスの理論から見ると、この考え方は必ずしも正しいとはいえません。重要なことは企業の業績予測から導かれる、ファンダメンタル(本質的)な企業価値(「実力の企業価値」といってもいいかもしれません)を向上させることです。市場の株価は、長い目で見れば概ねこの実力の価値を反映しますが、短期的には過大になったり、過小になったりすることがあります。上場企業のM&Aにおいても、現在の市場の株価が必ずしも実力に比べて妥当である保証はありません。また、経営者が交替することによって、同じ企業であっても今まで隠れていたポテンシャルが引き出されて企業価値が向上する可能性もあります。ましてや、非上場企業のM&Aにおいては、市場での株価が存在していないわけですから、どの程度の買収価格が妥当なのか、きちんとした査定するためには、被買収企業の現在の実力や潜在能力を数値化し、本連載で述べるようなプロセスを経て計算される企業価値が参考にされることになります。

2.様々な企業価値評価手法とその特徴の整理

  企業価値評価の実務では、さまざまな手法が併用されます。それらを簡単に整理したのが、図表1です。予め申し上げておくと、企業価値評価においては、この手法を使えば理論的に正しい価値が求められるというような唯一無二の手法はありません。それぞれの手法には、一長一短があり、また企業価値評価において算定されている「価値」の性格も必ずしも同じではありません。これらの手法の性格を基にして、目下のM&Aの対価として、どの計算方法によって求められた価値がより相応しいかを考えながら、買収価格を決定していきます。

図表1  企業価値手法の整理


  企業価値を評価する手法には、大きく分けると、①企業の資産に着目して、貸借対照表(バランスシート)の資産の部を基準に企業価値を考えるストック(資産)ベースのアプローチ(コストアプローチなどとも呼ばれる)と、②企業の利益やキャッシュフローを基に企業価値を計算するフローベースのアプローチ(インカムアプローチなどとも呼ばれる)の2つがあります。さらに、後者のアプローチは、②-1 企業全体の価値を求めるアプローチと、②-2 直接株主価値を求めるアプローチとに分けられます。これら以外にも、マーケットアプローチといって、上場企業の株価を参照して企業価値を求める手法(マルチプル法、上場企業比較法)が存在し、これを一部の企業価値評価のテキストでは、第3のカテゴリーに入れているものもありますが、これらは、ストックベースに着目して、上場企業の株価を参照する指標と、利益やキャッシュフローを元に株価を参照する指標とに分けられるので、図表1においては、上記の①、②-1、②-2、の中に区分して、文字を斜体で示しています。

2.1.ストック(資産)ベースのアプローチ

  ①のストックベースのアプローチは、現在の貸借対照表を基に、企業の資産=企業の価値と考え、株主価値は企業の資産から負債を差し引いたものと考えるものです。このアプローチによる株主価値とは、現時点で会社の資産をすべて現金化し、負債提供者に返却した後に、株主に残余財産として配分される価値、すなわち、企業を現時点で清算した場合の価値と考えられます。企業の資産を簿価のままで評価する簿価純資産法や、企業の資産のうち上場株式や土地のように時価評価が可能なものは時価に換算した上で評価する時価(修正)純資産法が代表的です。上場企業の市場株価を参照するマルチプル法の中では、市場の株価と1株あたり純資産(BPS:book-value per share)の比率を計算した株価純資産倍率(PBR:price-to-book ratio)が、このアプローチに該当します。

  このアプローチでは、現時点での資産状況が同じな場合、今後成長する企業も、赤字で資産を棄損し続けている企業も同等の評価となるため、今後も事業を継続していくことが前提となるM&Aにおける企業の評価には適しません。ただし、本業は赤字でも、多額の高額不動産を保有する企業を買収する場合のように、企業の事業ではなく、資産に着目した企業のM&Aを実施し、赤字の事業は買収後に清算するような場合には、ストックベースでの企業価値が参照されるケースもあり得ます。また、②のフローベースのアプローチに比べて、比較的手間がかからず企業価値が算定できるため、非上場企業間の事業承継のM&Aのように、事業や従業員の雇用の継続が最優先であり、取引価格にはシビアではないような取引においては、このアプローチにより算定された企業価値を基に、取引価格が決定されるケースもあります。

2.2.フロー(利益・キャッシュフロー)ベースのアプローチ

  次に②のフローベースのアプローチの特徴は、企業の価値は、その企業が将来生み出すことのできる利益(もしくはキャッシュフロー)に依存するという、ファイナンス理論の考え方に基づいている点にあります。現時点でいかに多額の資産を保有している企業でも、毎年赤字事業を継続して資産を食い潰していけば、いつかは資産のすべてを失い廃業するでしょうし、今は資産をわずかしか保有していない企業だとしても、毎期多額の利益やキャッシュフローを生み出す企業であれば、やがては多くの資産を持つ大企業になっていくことでしょう。

  こう考えると、企業が事業を継続すること(ゴーイング・コンサーン)を前提とする大多数のM&A取引においては、企業の価値は、現在の資産状況よりは、その企業がキャッシュフローを生み出す力(企業の実力)に依存すると考えるべきでしょう。そう考えれば、②のフローベースのアプローチがM&Aにおける企業価値評価の主流となっているのは、当然なことといえます。

  さて、②のフローベースのアプローチの中には、②-1の企業全体のキャッシュフローに着目し、企業全体の価値を求めるアプローチと、②-2の株主価値を直接求めるアプローチがあります。②-1に属するものとして、この連載の多くの回を割いて詳細を説明するエンタプライズDCF法(単にDCF法と呼ばれることも多い)、及びエンタプライズDCF法と同じフリー・キャッシュフロー(詳細は後述)を前提に、計算手法に若干の修正を加えた修正現在価値(APV)法があります。また、上場企業の市場株価を参照するマルチプル法の中では、上場企業の営業利益(EBIT)や営業利益に償却費を加算した数値(EBITDA)を基に計算される、EV/EBIT倍率、EV/EBITDA倍率が、この②-1のアプローチに分類されます。
このアプローチの特徴として、負債と株主資本の価値を別々に求めるのではなく、合算した企業全体の価値を最初に求めるということが挙げられます。その後、株主資本の価値を求めたい場合には、負債の残高を差し引いて求めます。この②-1のアプローチは、M&Aにおける企業価値評価においては主流となっていますが、その理由については、今後エンタプライズDCF法の詳細を解説していく中で、解き明かしていこうと思います。

  ②-2のフローベースのアプローチのうち、株主価値を直接求めるアプローチについては、M&Aでの利用頻度は②-1ほど多くはありませんが、M&A取引の種類や形態によっては、企業価値の算定に用いられています。具体的には、エクイティDCF法、配当割引(DDM)法がこの②-2のアプローチに該当し、有利子負債の多い金融機関の評価などに利用されます。また、上場企業の市場株価を参照するマルチプル法の中では、市場の株価と1株あたり当期純利益(EPS:earnings per share)の比率を計算した株価収益率(PER)については、株式投資家の間で株価水準を示す指標として幅広く用いられています。なお、エクイティDCF法を用いて株主価値を直接求めるためには、株主に帰属するキャッシュフローを求める必要があり、このために、企業の将来の有利子負債の利息だけではなく、元本の返済や新規の借入の実行額を予測するという、実務上はかなり複雑な作業が必要となります。この辺りの煩雑さも、マルチプル法としてのPERを除くと、②-2のアプローチがM&Aで用いられることが少ないことの背景にあると思われます。

3.まとめ:様々な企業価値評価手法の使用頻度

  以上、図表1に基づいて、様々な企業価値評価手法を説明してきました。最後に、実際のM&Aにおいて用いられる企業価値手法について、若干主観を交えて使用頻度順に順序づけをして整理しておきましょう。具体的には、頻度が高い順に、②-1のエンタプライズDCF法、EV/EBIT、EV/EBITDA倍率、①の修正時価純資産法、PBRマルチプル、②-2のPERマルチプル辺りが主要な手法といえると思います。また、図表1には示していませんが、上場企業の企業価値評価については、実際に市場でついた評価対象企業の株価を一定期間平均して価値を求める「市場株価法」も併用されることが多いです。

  次回以降の連載では、M&Aの企業価値評価においてもっとも頻繁に用いられる図表1の②のアプローチ、すなわち企業価値は企業の将来生み出すことのできる利益(より正確にいうと、キャッシュフロー)に依存するという考え方について、詳細にその理論的背景を説明したいと思います。


■鈴木 一功(すずき かずのり)
早稲田大学大学院経営管理研究科(早稲田大学ビジネススクール)教授
東京大学法学部卒業後、富士銀行入社。INSEAD(欧州経営大学院)MBA(経営学修士)、ロンドン大学(London Business School)金融経済学博士(Ph.D. in Finance)。M&A部門チーフアナリストとして、企業価値評価モデル開発等を担当の後、2001年から中央大学大学院国際会計研究科教授。2012年4月より現職。証券アナリストジャーナル編集委員、みずほ銀行コーポレート・アドバイザリー部のバリュエーション・アドバイザー。主な著書として『企業価値評価(入門編)』、『企業価値評価(実践編)』、『MBAゲーム理論』(いずれもダイヤモンド社)、他にコーポレート・ファイナンス、M&Aに関する論文多数。

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※第2回は、2019年4月3日掲載予定です。(無料会員も含め、全コースでお読みいただけます)
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