[視点]

2023年10月号 348号

(2023/09/11)

MBOとバンプトラージ(Bumpitrage)

川本 真哉(南山大学 経済学部 教授)
  • A,B,EXコース
1 はじめに:増加するアクティビストの介入

 近年、MBO(Management Buy-out: マネジメント・バイアウト)によって、株式を非公開化する企業が増加している。特に2021年には、コロナによる経済の減速、経営環境の変化の影響を受けて、事業構造転換のための抜本的なリストラクチャリング実施を理由としてMBOを試みる企業が目立ち、19件が公表するにいたった。こうした傾向は今後も継続するとみられている。

 このようななかで目立つ動きは、MBOを公表した案件にアクティビストが介入するケースが相次いで起こっていることである。レノやシティインデックスイレブンス(以下、シティ)などの旧村上ファンド系を中心に、2017年以降、8つのケースを数える(表1)。その過程でTOB(Take Over Bids:株式公開買付け)が成立した案件もあれば、買付価格の引き上げにもかかわらず、必要とする買い付け数に達せず、不成立になった案件も存在する。

表1 MBOにアクティビストが介入した事例
公表日会社名ファンドアクティビスト、対抗買付者TOB価格変遷(円)
(買付側)
MBO
成否
2007/4/9テーオーシー ダヴィンチ・アドバイザーズ800
2017/11/9東栄リーファーライン オフィスサポート、レノ600
2019/1/17廣済堂ベインキャピタルレノ、南青山不動産610→700
2019/12/22ユニゾホールディングスローンスターグループHIS、フォートレスなど5,100→5,700→6,000
2020/5/11ニチイ学館ベインキャピタルリム・アドバイザーズなど1,500→1,670
2020/11/5日本アジアグループカーライル・グループシティインデックスイレブンス600→1,200
2021/2/9サカイオーベックス シティインデックスイレブンス2,850→3,000
2021/3/9光陽社 サイブリッジグループ935→1,060
2021/11/9片倉工業 鹿児島東インド会社2,150
2021/10/1パイプドHD(参考)ミライサイテキグループ 2,800

注:パイプドDはアクティビスト介入案件ではないが、MBOが成立しなかった事例として挙げた。
出所:レコフデータ『レコフM&Aデータベース』、日経各誌などを参考に筆者作成。

 こうしたアクティビストの介入は、Bump(衝突)とArbitrage(アービトラージ:鞘取り)を掛け合わせて、Bumpitrage(バンプトラージ)と称される(太田 2023)。こうした行動は、どのように評価されるのであろうか。それには肯定的なものと、否定的なものとがある。前者としては、アクティビストはフリーキャッシュフローを抱える企業をもっぱらターゲットとしており、介入を通じ株主還元を実現し、株主の富を創造しているという見方である(Jensen 1986)。また、ノンコア事業の売却や資本政策の変更など、アクティビストの経営要求が“wake up call”(Chatterjee et al. 2002)となり、仮に要求が通らなくとも、経営陣の経営政策変更の呼び水となり、株主価値向上に向けた動きを促進しているという捉え方もある。

 一方で、アクティビストの介入行為に疑問を投げかける声は根強い。その代表的なものは、アクティビストはブロック取引とそれに基づく経営要求を通じて、一時的な株価の引き上げを狙い、単なる「鞘取り」、あるいは”stock picking”(Becht et al. 2008)を行っているだけに過ぎないという見方である。このケースでは、アクティビスの介入で経営が混乱することにより、経営陣はその対応で時間を浪費し、肝心の経営執行に専念できないため、株主価値にネガティブな影響を及ぼすおそれがある。

 日本のMBOに対するアクティビストの介入行為は、上記のような2つの立場のいずれが支配的なのであろうか。そこで小論では、上記の議論を念頭に、川本 (2022) の内容をアップデートしたうえで、以下のような点を検証する。第1に、アクティビストの介入があったMBO案件は、介入がなかったMBO案件や非MBO案件と比べ、株価や財務パフォーマンス、所有構造に差異はあったのか(第2節)。第2に、アクティビストの介入は、株主価値にいかなる影響を与えたのか(第3節)。第3に、アクティビストの介入は、その後の経営政策を変化させたのか。させたとすれば、どのような側面でそれは起こったのか(第4節)。

 サンプルも限定されており、あくまでその結果は暫定的なものにとどまるが、以上のような検証を通じ、アクティビストの行動を規制するか促進するかの、政策的インプリケーションの糸口が掴めるであろう。

2 ターゲット企業の特徴


■筆者プロフィール■

川本 真哉

川本 真哉(かわもと・しんや)
南山大学経済学部教授。京都大学大学院経済学研究科博士後期課程単位取得退学。京都大学博士(経済学)。早稲田大学高等研究所助教、新潟産業大学経済学部専任講師、福井県立大学経済学部准教授、南山大学経済学部准教授を経て、現職。著作として、『日本のマネジメント・バイアウト:機能と成果の実証分析』(有斐閣、2022年1月、2021年度日本応用経済学会著作賞,令和4年度証券経済学会賞(図書部門),第16回M&Aフォーラム賞正賞 『RECOF賞』)、『データ分析で読み解く日本のコーポレート・ガバナンス史』(中央経済グループパブリッシング、2022年9月)など。

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