1. はじめに TOBを利用した上場会社の非公開化手続は、通常、他社株TOB、及び
株式併合又は
株式等売渡請求による
スクイーズアウト(以下「SQO」)の二段階取引により実施される。他社株TOB又はSQOにより法人株主が対象会社株式を譲渡した場合には、譲渡益課税(実効税率約30~34%)がなされる。
もっとも、通常の二段階取引に別の取引を組み合わせた取引(以下「組合せ取引」)とすることにより、対象会社の法人株主が以下のとおり税務メリットを得ることができる場合がある。
例えば、法人株主が他社株TOB又はSQOにより対象会社株式を譲渡するのではなく、買収者が法人株主の個人株主が保有する当該法人株式を取得(以下「間接取得」)する場合には、当該法人株主に対しては譲渡益課税はなされず、原則として当該法人株主の個人株主に対する譲渡益課税(所得税15%、住民税5%、復興特別所得税0.315%の合計20.315%)がなされるにとどまることから、当該法人株主の個人株主の税引後の手取額を増やすことが可能である。
また、通常の二段階取引に加えて自社株TOB又はSQO後の
自己株式取得が行われ、法人株主が自社株TOB又は自己株式取得により対象会社株式を譲渡する場合、当該法人株主には(1)みなし配当課税及び(2)譲渡益課税がなされるが、(1)についてはみなし配当額の全部又は一部が益金に算入されず(法人税法(以下「法法」)24条1項5号・23条1項1号)、(2)についてもみなし配当額の全部が控除されて計算されることから(法法61条の2第1項1号括弧書き・24条1項5号)、法人株主には大きな税務メリットが生じ得る。
そして、対象会社が1種類の株式を発行している場合には、みなし配当額は以下の算式で算定されるため(法法24条1項5号、法人税法施行令(以下「法施令」)23条1項6号イ)、対象会社の資本金等の額が低い場合には、みなし配当額が大きくなり、税務メリットも大きくなる。
みなし配当額 = | 自己株式取得価格 × 譲渡数-自己株式取得の直前の資本金等の額 × | 譲渡数 |
当該直前の発行済株式(自己株式を除く)の総数 |
みなし配当額 |
= | 自己株式取得価格 × 譲渡数 |
| - | 自己株式取得の直前の資本金等の額 |
| × | 譲渡数 |
当該直前の発行済株式(自己株式を除く)の総数 |
また、みなし配当額のうち益金不算入となる割合は、概要以下のとおりであり、対象会社の発行済株式総数(自己株式を除く。)に占める法人株主の保有割合に比例して大きくなる(法法24条1項・23条1項)(注1)。
(a) | 保有割合が100%(同条5項、法施令22条の2):みなし配当額の全額 |
(b) | 保有割合が3分の1超100%未満(法法23条4項、法施令22条)):みなし配当額の全額から負債利子控除を行った額 |
(c) | 保有割合5%超3分の1以下:みなし配当額の50% |
(d) | 保有割合5%以下(法法23条6項、法施令22条の3):みなし配当額の20% |
このため、資本金等の額が低い対象会社における、特に保有割合が3分の1超等の法人大株主に生じる税務メリットは非常に大きなものとなり、自社株TOB又は自己株式取得により得られる税引前の対価を、他社株TOBに応募した場合に得られる税引前の対価の半分程度にしたとしても、同程度の税引後の手取額となるようなケースもある。
上記税務メリットの大きさに鑑みれば、これを活かせる案件においては、買収資金を節約しつつ、株主の税引後の手取額を上げることで非公開化の成功率も上げることにより、株主・買収者のいずれにとっても通常の二段階取引よりも望ましい結果を導くことができると考えられる。非公開化が対象会社の企業価値向上に資することを前提とすれば、成功率の向上は対象会社にとっても望ましい。
TOBを利用した上場会社の非公開化における、上記の税務メリット、税引後の手取額向上、追加の負担等を踏まえたスキーム選択の一助とするため、本稿においては組合せ取引のメリット・デメリット、自己株式取得価格を手取公平化ディスカウント(下記3.で定義する。)しない場合に株主平等原則違反となるか、及びステークホルダー別の主要な検討ポイントに焦点を当てることとしたい。
(注1) | 保有割合に加え、保有期間等の要件も満たす必要がある |
2. 組合せ取引のメリット・デメリット
近時実施されている組合せ取引においては、通常の二段階取引に以下のいずれかの取引が組み合わせられている。これらの組合せ取引のメリット・デメリットは以下の表のとおりである。
■筆者プロフィール■
高木 智宏(たかぎ・ともひろ)
西村あさひ法律事務所 パートナー弁護士・ニューヨーク州弁護士
2004年東京大学法学部第一類、2012年Northwestern University School of Law (LL.M. with Honors)
2012 - 2013 Debevoise & Plimpton LLP (ニューヨーク)勤務
M&A、企業法務全般を主に取り扱っており、近似、上場企業のMBO等の非上場化案件について多くのアドバイスを行っている。
主な著書: Japan chapter of The International Comparative Legal Guide to Mergers & Acquisitions 2023 (Global Legal Group 2023年)、『M&A法大全[全訂版]』(商事法務 2019年)等
眞田 大輝(さなだ・だいき)
西村あさひ法律事務所 弁護士
2017年東京大学法学部第一類
M&A(医療法人のM&Aも含む)、株主総会等のガバナンス対応、IT、個人情報その他企業法務全般に携わる。