[M&A戦略と法務]

2024年8月号 358号

(2024/07/09)

非公開化事案における公正性担保措置の傾向と分析

吉田 昌平(TMI総合法律事務所 弁護士)
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第1 はじめに

 近時、MBO(マネジメント・バイアウト)や支配株主による従属会社の買収など、上場会社の非公開化事案が増加している。上場会社の非公開化は、買手が一般株主から対象会社の株式を取得する取引であり、上場会社としては一般株主保護の観点からの対応も必要となるところ、この点に関連して、2019年6月28日に経済産業省から「公正なM&Aの在り方に関する指針」(以下「公正M&A指針」という)が公表された。この公正M&A指針には、M&Aにおけるベストプラクティスとして、M&Aの公正性を担保するための具体的な措置が示されており、公正M&A指針が公表されて以降、上場会社の非公開化における手続について、公正M&A指針を意識した事例が集積されてきている。

 本稿は、上場会社の非公開化事案における公正性担保措置について、近時の事例の傾向等を分析し紹介するものである。具体的には、2023年1月1日から2024年3月31日までの期間(以下「対象期間」という)において公開買付届出書が提出された、上場会社の非公開化(完全子会社化)を目的とした取引(非公開化を目的とした取引は、主に、(a)公開買付けを実施して多数の議決権を保有した後に、株式併合または株式等売渡請求の方法でスクイーズアウトする手法や、(b)公開買付けを経ることなく株式併合のみでスクイーズアウトする手法がある。後述第3の3参照)を対象として、その公正性担保措置の内容や傾向を分析するものである。

第2 非公開化事案における公正M&A指針の位置付けと実務上の取扱い

 公正M&A指針は、類型的に構造的な利益相反の問題と情報の非対称性の問題が存在する(a)MBO(現在の経営者が全部または一部の資金を出資し、事業の継続を前提として一般株主から対象会社の株式を取得すること)および(b)支配株主による従属会社の買収(従属会社の支配株主が一般株主から従属会社の株式全部を取得すること)を、その直接の対象とするものとされている。

 もっとも、「両取引類型に該当しないM&Aにおいても、一定程度の構造的な利益相反の問題や情報の非対称性の問題が存在する場合には、その問題の程度等に応じて本指針を参照することは、当該M&Aの公正さを担保することに資するとともに、その公正さについて一般株主や投資家等に対して説明責任を果たす際にも役立つものと考えられる」とされており(公正M&A指針3頁)、実際の実務においては、両類型に該当しない取引においても、公正M&A指針を踏まえた公正性担保措置が講じられている。例えば、上場会社の株式を公開買付けにより取得しようとする買手が、当該上場会社の親会社との間で公開買付けの応募契約を締結する場合は、上記の(b)支配株主による従属会社の買収には該当しないものの、公開買付者(買手)と親会社(売手)とが応募契約を締結することで、一般株主とは異なる利害関係が生じているといえる。すなわち、一定程度の構造的な利益相反の問題や情報の非対称性の問題が存在するといえ、公正性担保措置を実施することに一定の意義があると考えられる。

 ただし、公正M&A指針で言及されている各公正性担保措置は、公正なM&Aを実現するために、常に全ての措置を講じなければならないものではない。このことは公正M&A指針でも明示されており、重要なのは、個別のM&Aにおける具体的状況に応じて、いかなる措置をどの程度講じるべきか、また、講じられる措置を全体として見て取引条件の公正さを担保するための手続として十分かどうかである(公正M&A指針17頁参照)。その点で、近時の非公開化事案における公正性担保措置の傾向を知ることは有益といえよう。

第3 公正性担保措置の事例分析

 本稿において分析対象としたのは、対象期間における公開買付けを通じた上場会社の非公開化事案73件である(非公開化を前提としない公開買付けの事例は含んでおらず、同じ会社に複数の買収提案がなされたケースや複数回公開買付けが実施されたケースは合わせて1件とカウントしている)。以下の1と2は、これら73件の対象事案における公正性担保措置の主要な内容とその傾向を分析するものである。

 また、以下の3は、TOB(公開買付け)を経ることなく株式併合のみで非公開化を実施した事案について、公正性担保措置の内容とその傾向を分析するものである。

1 特別委員会


■筆者プロフィール■

吉田氏

吉田 昌平(よしだ・しょうへい)
TMI総合法律事務所弁護士。2015年12月弁護士登録。主にM&A、エクイティファイナンスを専門とし、会社法、コーポレートガバナンス、商事関連争訟などを含む企業法務全般も幅広く取り扱っている。

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