[ニューノーマル時代の日本企業M&Aの指針]

2021年1月号 315号

(2020/12/15)

第1回 事業再編・経営統合の加速

竹田 年朗(マーサー ジャパン M&Aアドバイザリーサービス部門 パートナー)
  • A,B,C,EXコース
連載の開始にあたって

 今般の新型コロナウイルス感染爆発は、経済はもとより、政治や社会生活全般にわたり、世界的に甚大な影響を与えた。マーサーのM&Aアドバイザリーサービス部門では、感染爆発がもたらした数々の意味合いの中でも、四半世紀にわたる日本経済の低成長問題、特に生産性が改善しない問題が、ついに「待ったなし」の状況まで来たこと、そして同時に、この問題に積極的に投資して取り組む「格好のチャンス」がついに到来したことを重視している。

 いまの日本の重要課題のほとんどは、感染爆発以前から重要課題であった。それが、感染爆発の経済的ダメージにより、これまでのように多方面に配慮しながら改革を進める余裕がなくなったところがポイントである。あるいは、これまでは抵抗が強く、実施コストが高かった構造が、感染爆発で臨界点を越えて力関係が変わり、いよいよ前に進むようになったところがポイントである。すなわち、大事なところの改革を徹底し、その結果発生する諸問題に対しては、別途なんとか手当をする、という合理的な考え方に立ち返り、速やかに遅れを取り戻し、重点分野では世界の先頭に出るのが肝腎である。

 ニューノーマル時代は、日本にとっては原理・原則を際立たせ、合理性を極めて、中核問題に取り組む時代である。発生する諸問題に別途何とか手当をするところにも、最新の工夫と新たな情熱を注ぐ。決して、両者のバランスを取りに行くのではない。どちらもやり切ることが、肝要である。

 このような視点から、日本企業のM&Aを俯瞰し、グローバルの先進企業との差を見ると、よく言われるディールおよびPMIのスピード感の問題だけでなく、重要事項のやり残しやそもそも検討外であることの問題、それらが生まれてくる組織体制・プロセスの問題、平時のグローバルマネジメントや組織能力の問題、ひいては目的達成に対する執着のレベルの問題が浮かび上がる。

 今回連載では、ビジネスリーダー、経営企画部門、人事部門等の読者の方々に対して、日本企業の行うM&Aの到達点を高め、成功確率を高めるために、適切な視座、最新の視野、そして参考になる実務の取り組みを、適宜事例を交えてご紹介する。


浮上する事業再編・経営統合

 国連のデータを見ると、2018年の実質GDP上位20か国の中で、日本は過去25年間の一人当たりGDPの伸び(要するに生産性の向上)が大きく見劣りしている。さらに、他国並みの人口増加は短中期では困難であり、その分も生産性向上で補わなければならない。生産性の飛躍的向上に向けて舵を切ることなどできない、というのであれば、日本の経済的地位は低下を免れず、日本人の生活水準も相対的に下がるだろう(詳細は、MARR Online 2020年8月13日配信M&Aスクランブル「COVID-19禍で待ったなしの生産性向上問題とM&Aの役割」参照)。

 各企業においては、このようなマクロ分析を俟つまでもなく、グローバル競合との具体的な比較分析で、彼我の差の大きさやその推移の意味合いについて、問題意識を持っている。競合との差を詰め(あるいは引き離し)、自社がある時点までに到達したい高みに到る方法を、費用対効果や実行可能性で評価して定めるのが、企業レベルや事業レベルの計画を策定する時の通常のアプローチであろう。

 生産性を大きく向上するには、事業の選択や、事業の構造改革が特段に重要である。正しいことを正しく行うように事業を建て付ければ、あとは社員が普通程度に頑張れば、グローバルで決して見劣りしない事業の収益性と成長性が実現する、という発想に立つことが大事である。そうでなければ、社員が滅私奉公的に働いても、企業は結果が出せない。知恵と決断がもっとも求められるのはこの事業の建付けであり、企業経営者とそのスタッフ、そしてそれを善導する取締役が果たすべき重要な役割である。

 事業再編・経営統合は、これまで考えたこともない、降って湧いた話である場合もあるだろうが、そうではなくて、これまでの経営計画・事業計画の検討過程で、以前からずっと「中期的検討課題(今回は検討せず)」であり、大なり小なり懸案であった場合も多いだろう。

 かねてから指摘のある通り、一般に、日本企業は自主独立経営の気風が強く、また自社事業の売却には抵抗感があった。このため、合理性に立つ事業再編や経営統合の観点からは懸案があることが多く、見方を変えればチャンス(宝の山)があちこちに残っている、ともいえる。

 さらに、過去に実施したM&AのPMIが、組織・人事の観点から停滞しており、事業も業績も企図したようには伸びずに、買収時の事業計画が未達に終わっているケースも見られる。こうなると、企業は次のM&Aを打ち出しにくく、思うような全体成長が実現しない。買収後何年か経過していて、事業の実態が買収時から変わっておらず、さらに組織も経営者も買収したときのまま変更がないのが、この典型である。

 このような懸案に対して、今回いよいよ踏み込むチャンスが到来している、とみるべきである。


事業再編・経営統合にはどのようなパターンがあるか

 事業再編や経営統合については、様々な内容が、いろいろな言葉で語られている。本稿では、「正しいことを正しく行う」観点から、以下に整理を試みた。

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