この座談会では、
クロスボーダーM&Aを専門とする西村あさひ法律事務所の藤本欣伸弁護士の司会のもと、足元のM&A動向や今後の見通し、インバウント(
OUT-IN)案件が伸びている理由、対日投資における有望分野等について、当該分野の専門家である
ファイナンシャル・アドバイザー(FA)、海外投資家の方々に議論をして頂いた。さらに、ポートフォリオマネジメントにおいて、ノンコア資産を売却する事例が目立つようになっていることを踏まえ、欧州のM&Aにおけるオークション取引の実務や、売却オークション取引において増えつつある
ロックド・ボックスやベンダーDDの仕組みや浸透度合いがどのように変化しているのかについても、意見を交わしてもらった。(編集部)
- <目次>
- はじめに~クロスボーダーM&Aの最前線
- 長期目線での投資が特徴のカタール投資庁
- 欧州関連案件の伸び
- インバウンド案件の最近の動向
- 移動制限、為替と世界経済の不透明感による影響
- 円安メリットを活用した動き、スタートアップM&Aの興隆
- 中東マネーの対日投資についての感覚の変化
- アジアのインバウンドが増加傾向にある理由
- 欧州のインバウンド動向
- 海外の投資家から見た日本のM&A市場
- 欧州投資家の特徴と買収・経営手法
- 中東マネーの今後の動向
- 欧州型のM&Aのやり方にそった実務も台頭
- 欧州におけるオークション取引の仕組み
- 『ロックド・ボックス』の浸透
- ベンダーDDの浸透
- おわりに~今後のクロスボーダーM&Aの動向
1.はじめに~クロスボーダーM&Aの最前線
藤本 「本日はクロスボーダーM&Aの最前線というテーマで座談会を開催します。司会を務めます西村あさひ法律事務所パートナーの藤本です。弁護士として30年以上活動し、2000年前後からは主にクロスボーダーM&Aに携わっています。もともとはインバウンド、特に海外ファンドが日本企業に投資をする案件に関わることが多かったのですが、2005年頃からは日本企業が海外で買収をする機会が非常に増えました。そうした案件は当時、現地の法律事務所が関わることが多かったのですが、海外のクロスボーダー案件についても日本の法律事務所がクライアントのためにより良いサービスができないかと考え、ここ15年ほどは主にアウトバウンドの案件に関与させていただいております。
座談会には3人の専門家に参加してもらっています。まず大塚雄三さんは投資銀行で長く活躍され、クロスボーダーの案件について大変な経験、知見、専門性をお持ちです。多くの投資銀行の方と案件をご一緒していますが、私自身も、案件をご一緒させていただく中で非常に勉強になる方です」
大塚 「バークレイズ証券M&Aアドバイザリー部長の大塚です。1995年4月にリーマン・ブラザーズに入社して以降、ずっと投資銀行業界におります。バークレイズでは6年前からM&A部門の部長で、M&A専担です。前職のUBSでは投資銀行本部長も経験しました。いまはクロスボーダーの案件が多いですが、国内案件も相当程度、取り扱っています。藤本さんとは2~3件、相手側として厳しい交渉をしました。この先生だけは絶対に味方にしようと思い(笑)、それ以降はご一緒させて頂く機会が多いです」
藤本 「続いて、M&Aのブティックファームで長く活躍された大野さんです。M&Aアドバイザーとして豊富なキャリアを持ち、クロスボーダー案件も数多く経験されています。2022年にキャリアを大転換され、今後はカタールで投資のプリンシパル(主体)として日本のマーケットに向き合うとのことです」
長期目線での投資が特徴のカタール投資庁
大野 「カタール投資庁の日本責任者を務めている大野です。2022年の秋、現職に転じました。それまでは13年間ロスチャイルドにて、M&A案件のファイナンシャル・アドバイザー(FA)として、主にアウトバウンド、たまにインバウンドの案件に関わりました。最後の数年間は日本の共同代表として色々なセクターを見ました。その前はクレディ・スイスと富士通などにいました。日本、欧州、中東と、全く異なる価値観の中で仕事をしてきましたが、投資に関わってきたという点では一貫しています。
カタール投資庁に転じたのは、以前コーポレート・ファンドなどでVC投資などを経験していましたが、アドバイザーとしてではなく、プリンシパルとして投資活動にもう一度関わりたかったからです。それから、カタール投資庁の投資スタンスが、これまで長年バンカーとして日本企業のトップの皆様の悩みを解決するソリューションになりえると思ったからです。多く日本企業が銀行や資本市場以外から資金調達する場合、多くは国内外の
プライベートエクイティ(PE)ファンドが選択肢になりますが、PEファンドの
マジョリティ出資と経営権を奪って実行するリストラを主軸としたバリューアップや、5年程度で
エグジットする時間軸が、日本の社会システムにフィットしていないのではないかと思っていました。日本の文化に合わせ、長い目で経営陣をサポートしていく投資家が日本には必要ではないかと考えていました。そのときに今の仕事の話があり、話を聞くと、
マイノリティ出資、ハンズオフ、長期目線での投資家だということが分かり、日本の企業にとって大変有益な投資家だと思い転身を決意しました」
藤本 「大塚さんも大野さんも欧州系でのキャリアが長いです。日本はもともと米国との関係が長く、またメーカーでいえば中国との関係が深かったわけですが、今後は欧州、さらには中東やアフリカが日本においてより大きなプレゼンスを持ってくると私自身は考えています。
最後は木津弁護士です。木津弁護士は西村あさひ法律事務所で欧州プラクティスグループを立ち上げ、そのヘッドに就いています。当事務所はM&Aを専門とするパートナーが大勢いますが、欧州に関しては彼が一番の専門家です」
木津 「欧州チームの木津でございます。私が欧州プラクティスチームを立ち上げた経緯について簡単にお話させていただければと思います。入所後は、コーポレート/M&Aプラクティスのチームで、米国系の大手PEファンドの案件・クロスボーダー案件を数多く取り扱わせていただきました。通常、大手法律事務所に所属する弁護士は米国のロースクールに行き、ニューヨークの弁護士資格を取り、米国の法律事務所に出向して帰ってくるというのが一般的な流れですが、私は違う分野でクライアントに付加価値を提供できないか考えました。そこで、1年目にロンドンのロースクールに留学し欧州のM&Aに関する法令・プラクティスを学び、2年目にドイツの法律事務所、3年目にフランスの法律事務所、そして4年目にイタリアの法律事務所にそれぞれ出向し、日本企業による欧州各国での投資案件や、欧州企業が日本企業に投資する案件を中心に実務対応していました。なぜ欧州4カ国を4年もの間、渡り歩いたのかとよく聞かれますが、欧州と言っても各国で法律、文化、言語が違います。交渉においても異なるポイントがあるので、日本企業の皆様にサービスを提供するにあたっては、やはり現地に行って実際に経験をする必要があると考えました。
フランスでは日本企業のパリ支店のM&A戦略室に半年出向し、様々なM&A案件を経験しました。帰国後に欧州プラクティスチームを立ち上げ、欧州関連の案件を対応しています。7~8割が日本企業の欧州進出案件、2~3割が欧州企業の日本進出案件です。もともとはアウトバウンド案件のボリュームが多かったのですが、ここ数年でインバウンドの案件も増えております。後ほどは、この辺りについてもお話できればと思います」