レコフデータは1985年以降のM&Aデータベースを構築しています

キーワード 一覧

[【法務】事業承継M&Aの法務(ソシアス総合法律事務所 高橋聖弁護士)]

(2017/12/12)

第2回 株式譲渡契約の構造と論点(2)

 高橋 聖(ソシアス総合法律事務所 パートナー 弁護士)

はじめに

  第1回では、株式譲渡取引の進み方と、株式譲渡契約の基本的な構造について概観しましたが、本稿では、株式譲渡契約の中でも、特に事業承継M&Aの実務において問題となることが多いポイントである、表明・保証と補償責任について解説したいと思います。

表明・保証と補償責任

  株式譲渡契約では、一般的に、売手・買手の双方が、互いに相手方に対して、ある時点において一定の事実が真実かつ正確であることについて、表明し、保証する旨が規定されます。具体的には、株式譲渡契約締結の時点又はクロージングの時点において、売手・買手の双方がそれぞれ株式譲渡契約を締結する権利能力や行為能力を有していること、また、売手が譲渡の対象となる株式を適法に保有していることなどに加え、売手が、対象会社の以下のような事項について、一定の内容・状態にあることを表明し、保証することになります。

     ①会社の設立
     ②発行可能株式数及び発行済株式数
     ③計算書類
     ④資産(不動産、動産)
     ⑤負債
     ⑥知的財産権
     ⑦契約関係
     ⑧労務
     ⑨税務
     ⑩許認可
     ⑪法令遵守
     ⑫訴訟等の紛争

  そして、これらの表明・保証に違反があった場合、すなわち、表明・保証の対象とされた事実が、株式譲渡契約締結の時点又はクロージングの時点において真実又は正確ではなかった場合、当該表明・保証を行った当事者が相手方に発生した損害を補償しなければならないとする、いわゆる補償責任を定めた規定が、表明・保証とセットで設けられることになります。

表明・保証と補償責任の役割

  表明・保証は、形式的には売手・買手の双方が相手方に対して行うことになりますが、実態としては、売手が買手に対して行う、対象会社の内容・状態に関する表明・保証が最も重要になります。なぜなら、売手が対象会社について行う表明・保証は、いわば売買の実質的な対象物である会社の内容や状態についての説明であり、買手は、売手の説明が正しいことを前提に、対象会社の価値を評価し、一定の譲渡価格で対象会社の株式を買うことに合意するからです。そして、もし売主の説明が誤っていた結果、対象会社の価値が毀損された場合には、買手は支払った譲渡価格に見合う内容・状態の会社を取得できていなかったことになりますので、この毀損分(=損害)を売手に補填させ、事後的に当事者間の公平を図るのが売手の補償責任になります。

  例えば、株主譲渡契約において、売手が、買手に対し、「対象会社はその従業員に対し、法令上支払義務を負っている賃金をすべて支払っており、未払いの賃金債務はない」という事実が、クロージングの時点で真実かつ正確であることを表明・保証していたとします。買手としては、この表明・保証が正しいと信じ、未払いの賃金債務はないことを前提に対象会社を評価し、譲渡価格を支払います。ところが、クロージング後、対象会社の従業員から未払いの残業代があるとして請求がなされ、買手が調べたところ、実はクロージング時点において対象会社全体で1000万円分の残業代が未払いとなっていたことが判明します。この場合、売手が行った表明・保証に違反があったことになり、その結果、対象会社は買手が評価した状態よりも実際には1000万円分価値が毀損していたこととなります。そこで、買手側傘下にある対象会社で支払いを強いられる1000万円については、買手の損害として売手が補償することで、事後的に譲渡価格に見合った状態を回復させ、公平が図られることになります。

事業承継M&Aにおける表明・保証の重要性

  それでは、事業承継M&Aにおける表明・保証には、一般のM&Aと比較してどのような特徴が挙げられるかについて、以下見ていきたいと思います。

  まず一つ目は、多くの事業承継M&Aの場合、一般的なM&Aと比較して、買手にとっての売手の表明・保証の重要性が相対的に高いという点があります。事業承継M&Aの場合、いわゆるオーナー企業として株主と経営者が一致している場合がほとんどのため、上場会社やベンチャー企業のように株主の目を意識した経営がなされていない例が多くみられます。このような会社では、契約書等の書面資料のみならず、議事録類や株主名簿等の法令上作成が必要とされる書面が整備されていないことも稀ではありません。また、小規模な会社の場合、総務や法務の専属的な担当者がいないなど、管理面の人的資源が限られていることも少なくありません。これらの理由から、買手がデューディリジェンスを行っても、十分な情報を収集できず、対象会社の内容・状態について様々な不明点を抱えたまま、株式の取得に踏み切るというケースもしばしばあり、そのような場合には、最終的に売手の表明・保証に依拠してリスクを低減し、取引を実行せざるを得ないことになります。

  つまり、買手は、対象会社について十分な情報を入手できていれば、①譲渡価格に反映させる、②クロージングまでに売手に問題点を解消することを義務付ける、③取引自体を中止する等の方法によって、事前にリスクを低減又は回避することができますが、情報が不十分である場合には、表明・保証によって事後的な補償請求を可能とすることでリスクヘッジをせざるを得ず、このような観点から売手の表明・保証の重要性が高くなるのです。

  例えば、上記(2)で説明した、対象会社で1000万円分の残業代が未払いとなっていた事例の場合に、この事実を買手がデューディリジェンスにおいて事前に把握できていれば、買手は、
 

当該1000万円分の債務を考慮して譲渡価格を1000万円減額することもできますし、


   

クロージングまでに、対象会社をして従業員に対して未払い残業代1000万円を支払わせることを義務付け、債務負担のない会社として購入することもできますし、

 

  

リスクを考慮して株式譲渡取引自体を取り止めることもできます。


  

  ところが、買手が対象会社で1000万円分の残業代が未払いとなっている事実を事前に把握できていなかった場合、買手は、クロージングにおいて譲渡価格の全額を支払い、対象会社の株式を譲り受けた後にこの事実を知ることになるため、売手の表明・保証違反を理由として売手に対して補償請求し、1000万円の補填を受けることが、買手にとっての唯一の救済手段とならざるを得ないのです。



  したがって、事業承継M&Aにおいて、デューディリジェンスを通じて十分な情報を把握することができなかった買手は、クロージング前に発生していたけれども、クロージング後に知るに至った不測の事実に基づく損害ついて、事後的に補償請求が可能となるよう、適切な内容で売手に表明・保証を行わせることが重要となります。

表明・保証条項と情報開示

  もう一つ、事業承継M&Aにおける表明・保証の特徴としては、売手(通常は創業者等のオーナー企業経営者)が、①表明・保証の役割とそれを行うことに伴うリスクについて十分に認識していない、②買手に対して譲渡価格を下げる材料となる情報(又は、取引自体を断念させる情報)を提供することに消極的である、あるいは、時によっては、③長年にわたり自らが育ててきた対象会社についてマイナスな印象を与える情報を開示したくないといった理由により、個々の表明・保証の対象となる事実を検証することなく、買手に提示されたままの内容で表明・保証を行ってしまいがちである点が挙げられます。

  このような場合、表明・保証の内容が対象会社の実態に即しているかについて十分な検証がなされていないため、売手がクロージング後に表明・保証責任違反に基づく補償責任を問われる可能性そのものが高くなりますが、それ以外にも、大きく二つの点で、売手は自らの責任や不利益を軽減する機会を逃していることになります。

(1)条項の修正と情報開示によるリスクの軽減

  一つ目は、ある事実について、売手が株式譲渡契約の締結前にこれを買手に対して開示していた場合に被る不利益よりも、クロージング後に発覚して事後的に補償請求に応じて補償しなければならない損害の方がはるかに大きくなる可能性がある点です。

  例えば、株式譲渡契約において、買手から、「対象会社は、第三者の知的財産権を侵害しておらず、侵害しているとのクレームを受けたこともない」という内容の表明・保証を行うことを求められたところ、対象会社は、実は直前に、対象会社が製造・販売する製品Aについて、某大手メーカー甲から、当該製品が当該メーカーの保有する特許権を侵害しているとの警告を受けており、売手もこの事実を認識していたとしましょう。

  この場合の売手の対応としては、デューディリジェンス又はそれ以外の機会を通じて、買手に対して当該警告を受けている事実を説明した上で、株式譲渡契約上の表明・保証を「対象会社は、製品Aがメーカー甲の保有する特許権を侵害する旨の警告を受けており、当該製品が当該特許権を侵害している可能性があること以外には、第三者の知的財産権を侵害しておらず、侵害しているとのクレームを受けたこともない」と修正することが考えられます。

  これに対し、買手は、売手に対して、

 

 

クロージングまでに、対象会社をして、甲と交渉して、製品Aにおいて甲の特許権を実施できるよう、甲との間でライセンス契約を締結させることを義務付ける
クロージングまでに、対象会社をして、甲の特許権を侵害している疑いのない製品となるよう、製品Aを技術的に改良させることを義務付ける
甲の主張と製品Aを分析し、特許権侵害に当たる可能性の程度を判断した上で、当該判断に基づいて譲渡価格を減額する

などの要求を行うことが考えられます。もちろん、①や②を行わせた上で、さらに、これが与える利益計画への影響や、これに要する費用等を考慮して、譲渡価格の減額を求めることもあり得ますが、いずれにせよ、株式譲渡が実行される前に買手に情報が開示されることで、買手として、対象会社がその時点で講じるべき最善の策を検討する機会が保障される代わりに、表明・保証条項が修正されることで表明・保証の対象から製品Aによる甲の特許権侵害に係る事実は除外されますので、買手は売手に対する事後的な補償請求をすることはできなくなります。
 

1 2

バックナンバー

おすすめ記事

2020年1-3月の日本企業のM&A動向

マーケット動向

[M&A四半期レポート]

NEW 2020年1-3月の日本企業のM&A動向

第180回 フィットネスクラブ業界 M&Aによる寡占化が進みつつも新規参入により競争が激化

マーケット動向

[業界動向「M&Aでみる日本の産業新地図」]

NEW 第180回 フィットネスクラブ業界 M&Aによる寡占化が進みつつも新規参入により競争が激化

澤田 英之(レコフ 企画管理部 リサーチ担当)

新型コロナでM&A市場はどうなってしまうのか

速報・トピックス

M&A専門誌 マール最新号

M&A専門誌マール

M&A専門誌マール

「MARR(マール)」は、日本で唯一のM&A専門誌で、「記事編」と「統計とデータ編」で構成されています。

レコフM&Aデータベース

レコフM&Aデータベース

「レコフM&Aデータベース」は、日本企業のM&Aなどどこよりも網羅的に、即日性をもって構築している日本で最も信頼性の高いデータベースです。

セミナー

セミナー

マールの誌面にご登場いただいた実務家、研究者などM&Aの専門家を講師としてお招きし、成功に導くポイント、M&Aの全体プロセスと意思決定手続き、実証研究から見た分析などについてご講演いただきます。

SPEEDA RECOF

SPEEDA RECOF

「SPEEDA RECOF」とは「レコフM&Aデータベース」と株式会社ユーザベースが開発・運営する企業・業界情報プラットフォームである「SPEEDA」がシステム連携します。

NIKKEI TELECOM日経テレコン 日経バリューサーチ

日経テレコン

2002年7月に、日本経済新聞デジタルメディアが運営する日経テレコンの「レコフM&A情報」を通じてM&Aデータの提供を開始しました。

M&Aに関するお問い合わせ、ご相談は
こちらからお気軽にお問い合わせ下さい。

お問い合わせフォーム