この連載では、上下の2回に分けて、M&Aの成功の鍵を握る
PMIの基本設計実務を解説する。M&Aの成功確率を高めるには、PMIを単なる買収後の「作業」と捉えず、戦略立案段階から準備を開始することが不可欠である。具体的には、M&Aの戦略目的とPMI方針を一体で設計し、シナジーの初期仮説を構築、さらに企業文化の融合なども含めたPMIの実現可能性を早期に検討することが求められる。こうしたアプローチは、候補企業の選定や最終的な買収判断の精度を高め、Day1からの円滑な統合を実現する上で極めて重要となる。本稿(上)では、戦略立案からPMIまでを一気通貫で推進するための実務上のポイントと、
クロスボーダー案件を想定したアクションリストを提示し、組織的なPMI能力を向上させるための要諦を明らかにする。
1. PMIの「形式知化」の取り組み 「M&Aの成功はPMIの成功」と言われて久しい。PMIは、買収後の経営そのものであり、PMIに唯一無二の成功アプローチはない。しかし、Day1(買収後の新経営体制発足日)前から、経営幹部の関与のもと、M&Aの目的に応じた入念な統合方針の設計、買収対象企業の経営陣との信頼関係構築、推進責任体制の整備等を開始することにより、PMIの成功確率を高めていくことは可能である。
近年、M&Aを成長戦略の実現手段の中軸に位置付けている企業を中心に、PMIの「形式知化」「型化」を進め、社内のノウハウ定着の試みがなされている。「型化」というと、100日プランやシナジー検討のフレームワーク、管理系業務の統合タスク一覧、プロジェクト管理における各種チェックリスト等、必要「ツール」を想起させることも多い。中小企業庁が公表した「中小PMIガイドライン」(2022年3月)及び「PMI実践ツール活用ガイドブック」(2024年3月)においても、PMI活動における必要ツールやテンプレートが紹介されている。PMIの経験値を引き上げるために、これらのツールやテンプレートの活用は有用である。
しかし、PMIの「形式知化」の本来の目的は、自社独自のPMIのアプローチ(PMIの設計思想、シナジー実現の得意技、ガバナンス、従業員エンゲージメント向上の方法論等)や経験則をノウハウとして蓄積し、次のPMI案件でも再現性高く実行していくための組織能力の獲得である。そのための重要な視点は、PMIを単なるM&A取引の後工程の「作業」ではなく、戦略立案から
エグゼキューション、PMIに至るまでのM&A全プロセスの「一気通貫」かつ「全体最適」の視点で、PMIを設計し、実行していくことである。これらPMIの設計思想を含め、一連のアプローチを「形式知化」することが、組織能力の向上に繋がる。全体最適の視点としては、(i)
企業価値の創出をゴールとして、M&A戦略・目的とPMI活動の整合性を重視すること、(ii) 買収対象企業のオペレーションを自社に統合するのみならず、PMIを通じて「自社の組織変革の実現」をゴールとすること(「自己変革型PMI」)を提唱したい。本稿の(上)では、戦略立案からPMIまで一気通貫で推進するにあたっての実務上のポイントを解説する。
■筆者プロフィール■

人見 健(ひとみ・たけし)
未来経営パートナーズ合同会社 代表パートナー
中央大学大学院 戦略経営研究科(ビジネススクール) 客員教授
M&A・事業ポートフォリオ戦略策定、企業価値評価、ビジネス/財務・デューデリジェンス、ファイナンシャルアドバイザリー、PMI、組織能力強化支援を一貫して提供。関与したプロジェクト数は300件を超える。KPMG FAS、ローランド・ベルガー、フロンティア・マネジメント、パナソニック、NTTデータ経営研究所等を経て現職。著書「M&A失敗の本質」(ダイヤモンド社)は、第15回M&Aフォーラム賞で正賞(RECOF賞)を受賞。慶応義塾大学経済学部卒、テンプル大学経営学修士課程修了。米国公認会計士(ワシントン州)。