[寄稿]

2025年10月号 372号

(2025/09/09)

M&Aの企業価値評価等に用いられるサイズ・プレミアムの推定手法とmigrationに関する考察

鈴木 一功(早稲田大学 大学院経営管理研究科 教授)(注1)
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1. はじめに

 本論文では、M&Aの実務において株式価値評価において幅広く用いられている、エンタプライズDCF法割引率、特に、株主資本コストと小型株にかかるサイズ・プレミアムについて考察する。株主資本の期待収益率の推定において、通常のCAPM(Capital Asset Pricing Model)のようなマーケットリスク・プレミアムだけに依拠するシングルファクター・モデルよりも、評価対象企業の時価総額や簿価時価比率のような追加的ファクターを考慮したマルチファクター・モデルの方が、実際の過去の株式収益率の説明力が高いということが、Fama and French [1993]の3ファクターモデルで指摘され、それ以降、モメンタムをファクターに加味したCarhart [1997]の4ファクターモデル、Fama and French [2015]の5ファクターモデルなどが提唱されている。これらのモデルについては、日本においても実証研究が進んでおり、Kubota and Takehara [2015]や、太田他 [2012]で既に報告がなされている。

 他方、ここ数年、M&Aの実務においては、これらのマルチファクター・モデルの中から、マーケットリスク・プレミアムとサイズ(時価総額)・プレミアムの2つのファクターのみを抽出して、そこから株主資本コストを推定する方法が用いられるようになっている。この方法は、山口他 [2015]によって提唱され、実際に、この手法を発展させる形で「Ibbotson Japan Size Premia Report」としてデータが提示されており、実務家は、このレポートに依拠して、株主資本コストを推定していると考えられる。そこで提唱されているサイズ・プレミアムは、10分位ポートフォリオの最小ポートフォリオで、通常のCAPMを用いたマーケットリスク・プレミアム+約9%弱とされている。このような実務を反映してか、東京証券取引所 [2024]も、企業の資本コストを意識した開示の好事例として、「株主資本コストに関して、サイズプレミアム(規模が小さい企業の株式に対して追加的に適用されるリスクプレミアム)を考慮して算出」していることを紹介しており、経営者の資本政策を検討する上でも、サイズ・プレミアムを意識する必要性が議論されている。(注2)


■筆者プロフィール■

鈴木 一功(すずき・かずのり)鈴木 一功(すずき・かずのり)
東京大学法学部卒業後、富士銀行(現みずほ銀行)入社。INSEAD MBA、London Business School Ph.D.。中央大学を経て、2012年4月より早稲田大学商学学術院教授。
みずほ銀行コーポレートアドバイザリー部外部アドバイザー。主な著書に『企業価値評価(入門編)』、『企業価値評価(実践編)』(いずれもダイヤモンド社)、『バリュエーションの理論と実務』(共編著、日本経済新聞出版)。専門分野は、企業財務、M&A。

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