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(2020/12/10)

【第5回】米国上場会社の買収 ― Deal Jumping(横取り)への備えは万全か?

森 幹晴(東京国際法律事務所 代表パートナー 弁護士・NY州弁護士)
関本 正樹(東京国際法律事務所 弁護士・NY州弁護士)
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 今回は、海外の上場会社を買収(完全子会社化)する場合のポイントを紹介したい。上場会社の買収契約では、ストラクチャーをどうするか、対価をどうするか(現金か、株式か、プレミアムをどの程度とするか)、案件公表後の第三者の介入によるDeal Jumping(横取り)のリスクにどう備えるか、といったことが主な検討事項となる。


 上場会社の買収にあたっては、株主が分散しており、また、各証券取引所のルールが適用されるという点で非上場会社と大きく異なる。このため、①公開買付け(TOB)などにより、分散している個々の株主から株式を取得したうえで手残り株をスクイーズアウトする、あるいは、②株主総会などで一定の数・割合の株主の同意を得ることで合併やスキーム・オブ・アレンジメントによりすべての株主から株式を取得するストラクチャーがとられる。①と②のいずれのストラクチャーをとるかは各国で利用できる法制度を考慮して検討する。例えば、英国では、スクイーズアウトを行うためには原則として90%以上の議決権が必要とされているため、TOBで90%以上の株式を買い集められなかった場合に少数株主が残ってしまいかねないことから、スキーム・オブ・アレンジメントによる買収が選択されることが多い。


 今回は、日本企業が検討する機会が比較的多いと思われる、米国の上場会社を買収する場合(友好的な買収の場合)について見てみたい。


取引ストラクチャーの検討


 上記のとおり、上場会社を買収するストラクチャーとしては、①合併(逆三角合併)のみによる1段階買収と、②TOB+スクイーズアウトの2段階買収の2つがある。各ストラクチャーの特徴は、以下のとおりである。


(1)1段階買収(逆三角合併)


 1段階買収の場合、逆三角合併(Reverse Triangular Merger)が最も一般的なストラクチャーである。具体的には、買収目的会社は消滅会社、対象会社は存続会社として吸収合併を行う。対象会社の契約の相手方(顧客など)からの同意は(チェンジ・オブ・コントロール条項がない限り)不要となり、また、対象会社の許認可を維持できるといったメリットがある。


 1段階買収の場合、対象会社との買収契約(合併契約)の締結・公表後、合併(逆三角合併)を承認するための対象会社の株主総会を開催する必要があり、買収の公表からクロージングまでには一般的に3~4カ月かかる。第三者による対抗的買収提案が行われるリスクは避けられないものの、合併が株主総会で承認されれば、第三者に介入されるリスクは相当低くなる。このため、買収者が対価として株式を発行する場合や、規制当局による承認プロセスが長くなることが予想される場合は、1段階買収(逆三角合併)が利用されることが多い。


 なお、1段階買収の場合、株主総会承認の差止めを求める株主訴訟が提起されることが少なくないことには留意したい。原告弁護士が訴訟費用目当てで提起することも多いが、近時、デラウェア州ではこのような株主訴訟を制限する裁判例が出されている(注1)。


(2)2段階買収(TOB+Short-form Merger)


 2段階買収の場合、対象会社との買収契約の締結・公表後、TOBを行うことになるが、TOB後のスクイーズアウト手続として、株主総会決議が不要となる略式合併(Short-form Merger)を行うには多くの州では90%以上(なお、デラウェア州では一定の要件を満たす場合には過半数(注2))の議決権が必要となる。もっとも、TOBでは90%の基準に達しない可能性があることから、90%に足りない部分の株式を買主が対象会社から追加取得するトップ・アップ・オプション(Top-up Option)と呼ばれる権利を行使できるようにしておくことで略式合併の要件を満たすことができる。


 略式合併が利用できると、買収の公表から2段階買収による完全子会社化まで約1~2カ月で完了するため、そのスピード感が特徴といえる。


 競争法上のクリアランスやCFIUSの承認をTOBの成立条件としている案件では、TOB期間が長期化することがある。第三者から対抗的買収提案があった場合、取締役の信認義務の観点から対象会社の経営陣がそちらに乗り換えてしまう可能性があり、TOB期間が長引けば長引くほど、第三者に介入されるリスクは高まる。


 日本企業が米国の上場会社を買収する場合、上記(1)(2)のいずれのストラクチャーも用いられる。例えば、2012年にソフトバンクがスプリントを買収した際は1段階買収であったが、2017年に武田薬品がアリアドを買収した際は2段階買収であった。


 武田薬品がアリアドを買収した際は、米国時間の2017年1月8日に買収契約の締結・公表、同1月19日から2月15日までTOB(TOB期間は20営業日)、同2月16日に略式合併を行い、案件公表から39日後にアリアドを完全子会社化している。前述のように、2段階買収の場合には、1段階買収の場合よりも早く買収を完了させられる点が大きなメリットであることを例証する事例である。


現金対価か、株式対価か?


 日本企業による米国の上場会社の買収の場合、基本的に対価は現金であることが多い。非米国企業が株式対価のTOBや合併で米国企業を買収する場合、Form F-4による登録届出書を作成し、SECに登録する必要があるのでこれを避けることが一因である。Form F-4ファイリングでは、U.S.GAAP(米国一般会計原則)又はIFRS(国際財務報告基準)を適用していない買収者は、過去の財務諸表をU.S.GAAP又はIFRSに基づいて調整し直す必要があり、多大な負担となる。また、米国証券取引法に基づく継続的な報告義務を負うようになることや、非米国企業の買収者の株式が米国市場において十分な流動性がないことも、株式対価のTOBや合併が避けられる理由となっている。


 なお、対象会社が非上場会社の場合、…

東京国際法律事務所

■筆者略歴

森 幹晴(もり・みきはる) 

2002年東京大学法学部卒業。2004年長島・大野・常松法律事務所。2011年コロンビア大学法学修士課程修了。2011-2012年Shearman & Sterling(ニューヨーク)。2016年日比谷中田法律事務所。2019年東京国際法律事務所開設。
日本企業による海外M&A・国内M&A、国際仲裁等に注力。ALB Japan Law Awards 2020において、Dealmaker of the Year、Managing Partner of the Yearの各カテゴリーにおいてファイナリストとして選出。IFLR1000 - Guide to the World’s Leading Financial Law Firms において、Leading Lawyer - Notable Practitionerに選出。


関本 正樹(せきもと・まさき) 

2007年東京大学法学部卒業。2008年9月-2020年8月長島・大野・常松法律事務所。2014年コロンビア大学法学修士課程修了。2014年8月-2016年9月長島・大野・常松法律事務所(ニューヨークオフィス)。2018年8月-2020年8月株式会社東京証券取引所上場部企画グループ出向。2020年9月東京国際法律事務所参画。

日本企業による海外M&A・国内M&Aに注力。




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