[【事業承継】中堅中小企業の事業承継M&A ~会計税務の実務上の頻出論点~(M&Aキャピタルパートナーズ)]

(2019/06/28)

【第1回】 廃業・清算とM&Aにおける税務上の比較

桜井 博一(M&Aキャピタルパートナーズ 企業情報第二部 公認会計士・税理士)
廃業・清算した場合とM&A(株式譲渡)を行った場合の税務上の比較

  廃業・清算を行う場合は、全ての事業用資産を換価した上で、その換価した金銭で負債と税金を支払い、その残余財産を株主に分配するというのが基本的な流れになります。その際には、最終期の法人税と、残余財産の分配(配当)による所得税の2つの税金を考慮する必要があります。すなわち、含み益のある土地等の資産があれば、それらを売却する際に、同含み益が最終期に実現することになり、法人税として課税されます。また、最終的に残った残余財産を株主に分配するときは、出資の払戻し部分(概ね資本金と同額)を除き、配当所得として所得税が課税され、現行の所得税法上、「総合課税」方式となり、累進課税による相対的に高い税率が課せられます。

  それに対し、M&A(株式譲渡)では、売手の個人が対象会社の株式を売却したことに伴い譲渡所得が認識され、現行の所得税法上、「分離課税」方式として、株式の譲渡益に対して20.315%(所得税+住民税+復興特別所得税)の税率が課せられます。この税率の差が、オーナーの経済条件(手取り額)に大きく影響を与える可能性があります。

所得税における、「総合課税」方式と「分離課税」方式の違いを理解する

  所得税は10種類の所得区分が存在し、給与を受け取れば「給与所得」、不動産収入を得れば「不動産所得」、株式を売却すれば「譲渡所得」のように、その収入の所得区分に応じてその計算方法が異なります。さらに、それぞれの所得を計算する上で、種類の異なる所得を全て合算して計算する「総合課税」方式とその所得の特殊性から他の所得とは分離して計算する「分離課税」方式とに大きく分かれます。

  総合課税方式の場合、その所得に応じて税率が高くなる累進課税方式が採用されており、その最高税率は約56%(住民税、復興特別所得税含む)となっており、代表的なものとして、役員報酬等にかかる給与所得や、未上場株式の配当金にかかる配当所得などが挙げられます。そのため、廃業・清算し、残余財産を分配した場合の株主にかかる所得税はこの配当所得として総合課税方式による課税になるため、金額によっては高額な税率がかかる可能性があります。

なお、配当金にかかる税金は、別途、税額控除である配当控除を加味することができるため、実質的な最高税率は約50%となります。


  一方で、分離課税方式の場合、総合課税されるものとは分離させた所得に対し、予め決められた計算式と税率によって税金を計算することが一般的となっており、代表的なものとして、役員退職金等にかかる退職所得や株式の売却益にかかる譲渡所得などが挙げられます。そのため、M&A(株式譲渡)を行った場合は株式の譲渡所得となり、一律で株式の譲渡益に対して20.315%(所得税+住民税+復興特別所得税)の税率が課せられるため、累進課税である総合課税方式より税率が低くなる可能性があるのです。

廃業・清算した場合の税務上の取り扱いと株主が受け取る財産のイメージ(計算例)

<簿価>
資  産: 500百万円(土地に含み益が100百万円あり)
負  債: 200百万円
純資産: 300百万円(時価純資産400百万円)

<前提条件>

株式の取得費(出費の払戻し部分)は10百万円と仮定
法人税等の実効税率を30%、配当所得の税率を50%と仮定
既に事業は行っておらず、最終期の事業にかかる課税損益はゼロと仮定
土地に100百万円の含み益が発生しており、簿価500百万円の資産全てを600百万円で売却できたと仮定(100百万円の土地売却益が発生)


<計算例>

法人税等:土地売却益100百万円×30%=30百万円
残余財産:資産売却額600百万円-負債返済200百万円-法人税等30百万円=370百万円
配当課税:(残余財産370百万円-取得額10百万円)×50%=180百万円
株主の最終手取り額:残余財産370百万円-配当課税180百万円=190百万円


  本件の事例では、事業を継続していれば本来発生することのない土地の含み益の実現に伴う法人税の課税と、残余財産の分配にかかる配当課税により、清算時の時価純資産が400百万円であるにもかかわらず、最終的に株主に分配される財産は190百万円となります。

上記の事例において、M&A(株式譲渡)での手取り額はいくらになるか(計算例)

  株式の譲渡価額がいくらで合意するかによって異なりますが、仮にのれん(営業権)がゼロで、時価純資産(400百万円)と同額でM&A(株式譲渡)を行ったと仮定した場合、以下になります。

<前提条件>

株式譲渡所得に対する税率を20%と仮定(計算を簡易的にするため)
株式の取得費は、20百万円と仮定(売手が個人の場合、株式譲渡価額の5%と実際の取得費<10百万円>の大きいほうを採用することができるため、400百万円×5%の20百万円を取得費と仮定)
譲渡費用(アドバイザーに支払う費用等)は30百万円と仮定


<計算例>

譲渡所得:譲渡価額400百万円-取得費20百万円-譲渡費用30百万円=350百万円
譲渡所得税等:譲渡所得350百万円×20%=70百万円
株主の最終手取り額:譲渡価額400百万円-譲渡費用30百万円-譲渡所得税等70百万円=300百万円

  本件の事例では、土地の含み益が実現しないため法人税は課税されず、また株式譲渡にかかる税率が配当所得にかかる税率よりも低いため、譲渡費用を一定額支払ったとしても、最終的な株主の手取り額は300百万円となり、廃業・清算を行った場合の190百万円に比べ、手取り額が大きく増加したことがわかります。

  したがって、純資産の金額にもよりますが、株主の手取り額という経済的な条件を、廃業・清算した場合とM&A(株式譲渡)をした場合とで比較した場合、M&A(株式譲渡)の方がメリットが大きくなる可能性が高いといえます。そのため、廃業・清算を検討するのであれば、M&A(株式譲渡)との経済条件との比較を事前に行った上で、どちらが株主にとってメリットがあるかを把握することが重要であるといえます。

税務上以外の特性も理解する

  税務上の相違点以外にも廃業・清算では従業員の解雇により割増退職金が別途発生する可能性や、そもそも事業資産を適正な時価で売却できるかという可能性についても事前に検討する必要があり、清算に伴う手続きの事務負担も相応なものになることが予想されます。

  また、先ほどの事例では時価の純資産を譲渡価額と仮定しましたが、実際のM&Aの現場では、「のれん(営業権)」を付けて交渉を行うことが一般的であるため、仮に税務上の話を考慮しなかったとしても、廃業・清算をした場合よりもM&A(株式譲渡)をした場合の方が最終的な株主の手取り額が増える可能性が高いといえます。

おわりに

  今回は、事業承継においてよく論点となるM&Aを行った場合と廃業・清算した場合の税務上の比較について簡潔に解説しました。税務上の基礎的な特性を理解することで、廃業よりもM&Aの方が経済的なメリットも高い理由が理解できたかと思います。

  次回は、株式譲渡対価の一部を役員退職金として支給した際の実務上のポイントについて記載を予定しています。



M&Aキャピタルパートナーズ

■筆者経歴
桜井 博一(さくらい・ひろかず)
大学在学中に公認会計士試験に合格後、卒業後は三菱東京UFJ銀行(現三菱UFJ銀行)に入行。中堅中小企業向けの融資業務や再生支援業務等を経て、株式会社KPMG FASにて中堅・上場企業向けの財務・事業デューデリジェンス業務を中心としたM&Aアドバイザリー業務に従事した後、M&Aキャピタルパートナーズ株式会社に参画。物流業界を中心に、飲食業界、アミューズメント業界等、幅広い中堅中小企業のM&A仲介業務に従事している。

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