1. はじめに 昨今、日本企業においてもグローバル競争を勝ち抜くための手段としてM&Aの活用機会が増えている。 MARRのレポートによると、 2020年はコロナ禍の影響もありM&A件数は一時落ち込むも既に回復基調にあり、日本企業による
クロスボーダーM&A(
IN-OUT)の件数は過去10年間で見ると、2013年を底に約500~800件前後の案件が継続的に発生している。
一方で、特にクロスボーダーM&Aでは、買収後に対象会社のキー人材が離職してしまったといった話や、買収先経営陣の後継者が不在なため成果のあがらない現任トップを解任出来ないといった話を聞くことも少なくない。また、往々にして買収後に数百・数千名規模で増える海外拠点の現地採用社員に対する人材マネジメントを現地任せにして、親会社としてM&Aで獲得した人的資本を適切に把握・活用できていないケースも少なからず見られる。
こうした認識を踏まえ、本稿では特にクロスボーダーM&Aを実行するにあたって必要不可欠な「人」に関する施策として、次の3つのテーマに整理して解説していく。
M&Aの成功に向けて必要不可欠な「人」に関する施策:
• 買収時のキー人材リテンション
• 買収後の経営陣マネジメント
• 買収先を含むグループ/グローバル人材を最大限活用する人材マネジメント
2. 買収時のキー人材リテンション 1) 買収時のキー人材リテンションの重要性
M&Aでは人材の獲得自体が目的になることも珍しくなく、せっかく多大なコストや手間をかけてディールを成立させたとしても、買収後にキー人材が流出してしまうとM&Aの目的遂行が早々に頓挫するとともに、買収判断自体の是非を問われかねない。実際に、ディール成立後に頼りにしていた買収先の創業オーナー経営者が退職し、連鎖的に経営幹部陣も辞めてしまったケースや、営業や技術のキー人材が立て続けに辞めてしまい、事業の継続自体が危ぶまれるケースも発生している。このようにディール成立後の初期フェーズで暗礁に乗り上げないためにも、まずは買収後の
PMI遂行およびその先の戦略実現に欠かせないキー人材のリテンションに向けたアプローチについて解説する。
■筆者プロフィール■
大口 哲広(おおぐち・あきひろ) シニアアソシエイト
専門分野:M&Aや事業再生局面の組織・人事コンサルティング
日系総合電機メーカーで人事業務全般の経験を経てPwCへ参画。直近では主に日系企業のM&A局面におけるHRデューデリジェンスやキー人材のリテンション、従業員移管・解雇、そして人事PMI方針策定等、組織人事領域の支援を担当。
また、事業会社において4年半の間、シンガポール現地法人の経営会議メンバーとして人事責任者を担当し、人事戦略の立案・実行を現場の最前線でリード。具体的には基幹人事制度(等級・評価・報酬)の改革やタレントマネジメント体系の整備、労使交渉(賃金・労働条件等)の企画・実行 、シンガポール・マレーシア拠点の構造改革、担当事業のカーブアウトに伴う人事領域の対応などに従事。