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(2025/09/05)

TOB・MBO案件にも活用できる表明保証保険の現状と課題

~実績が増えるほどより便利なツールに進化する

宍倉 浩司(マーシュ ジャパン株式会社 プライベートエクイティ&M&Aサービス担当 執行役員)
犬塚 雅人(同 シニアバイスプレジデント)
鬼頭 里枝(フリーアナウンサー)(司会進行)
表明保証保険の活用を検討する上での留意点

鬼頭 必要な保険限度額や買い手の所在地などを勘案の上、表明保証保険と国内M&A保険のどちらかを選択されているということですね。ところで、付保規制というあまり聞きなれない言葉を耳にしましたが、これについて解説いただけますか?

宍倉 日本企業がクロスボーダー案件で表明保証保険を購入する場合、付保規制とも言われる保険業法186条(日本に支店等を設けない外国保険会社は、日本に住所もしくは居所を有する人もしくは日本に所在する財産または日本国籍を有する船舶若しくは航空機に係る保険契約を締結してはならない)に関して、注意していただかなくてはなりません。例えば、日本企業がクロスボーダーのM&Aを実施する上で、SPA上のバイヤーが日本の本社であれば、この付保規制を勘案の上、一般的には日本で保険証券が発行されるような手配を行っています。また、SPA上の買い手の所在地が国外であれば、その国にも同様の付保規制がある可能性があり、注意が必要です。

鬼頭 話がかなり難しくなってきましたが、国によって自国の保険会社を保護するために制定された法律があるため、表明保証保険を購入する上でも、そのような法律に注意が必要ということですね。それ以外に、表明保証保険を活用する上で留意事項は、ありますでしょうか?

鬼頭 里枝氏
犬塚 我々のいう、「No DD No Cover」の原則についても、十分にご理解いただきたいです。具体的には、保険会社が保険の引き受けを行うにあたり、保険が活用されない場合と同じようなディールプロセスを経て、同様な表明保証条項の交渉が行われることに期待しています。保険は、ディスクロージャーやDDの代替えとはならないため、表明保証条項に記載される項目に関しては、バイヤーが独立的なDDを行い、それを保険でカバーするという大前提があります。また、売り手から開示されていない、あるいはバイヤーのDDなどで検知されていない、未知のリスクに対してのみ保険の適用が可能です。従って、セラーから開示されていたり、DDで検知されていた既知のリスクについて、買い手が保有することを望まない場合は、セラーに特別補償を求めたり、あるいは表明保証保険以外の保険(租税債務・偶発債務・生産物賠償責任・環境汚染賠償責任・サイバーなど)の活用が必要となります。

宍倉 表明保証保険を活用する上で最も難しい点は、クライアントが保険会社を選定する時点では、保険契約の最終条件が確定していないことです。概算見積もり段階では、標準的な免責事由しか提示されない中、引き受けの審査が進むにつれて、案件固有の免責事由が次々と追加され、最終的に補償範囲が極めて狭い保険証券に仕上がってしまうというリスクもあるのです。このような状況を回避するためにも、経験豊富な保険仲介会社を関与させ、これらに対してアドバイスを求めることが肝要だと思われます。

表明保証保険の優先課題は認知度の向上

鬼頭 保険の適用が必要な事象に対しては、セラーにきちんと表明保証をさせることが大前提ですが、そもそもバイヤーも表明保証条項に記載される各項目に対して、第三者として独立したDDを実施する必要があるのですね。ここでがらりと話題を変えますが、表明保証保険・国内M&A保険は、日本ではどの程度普及しているのでしょうか?

犬塚 保険会社などからのヒアリングベースで概算すると、日本国内の保険仲介会社が主導して保険が手配されたディールカウントは、年間で3桁には届かないと我々は考えています。レコフデータで発表されている統計資料では、日本企業が絡むM&Aの件数は、IN-ININ-OUTOUT-INの合計でここ数年では毎年3000~5000件程度で推移していると理解していますが、全体の件数から見ると普及の割合はかなり低いですね。

宍倉 その3000~5000件の中には、DDがきちんと実施されていないような事業承継案件も含まれているかと思いますが、このような案件を分母から除けば、保険が使われるディールの割合は私の肌感覚では数パーセント程度ではないでしょうか? オーストラリアや北欧では保険が使われるのは当たり前、北米やドイツ・イギリスなどのその他ヨーロッパ地域においてもかなりの割合で保険が使われているという状況を考えると、やはり日本国内での認知度や活用の度合いはかなり低いですね。

鬼頭 なるほど、欧米ではこの保険はかなり普及していながら、日本ではまだあまり活用されていないのですね。その原因は、どこにあるとお考えですか?

犬塚 表明保証保険の発祥の地である米国でも、発売されてから実際に普及するまでには10年以上の年月が掛かっています。日本では、国内の大手損害保険会社が発売に踏み切ってからわずか5年、まだ発展途上段階にある保険商品だからだと思います。

宍倉 日本と欧米では、リスクマネジメントに対するスタンスが、全く異なるのですよね。欧米の企業では、発生した場合にインパクトが大きいリスクに対しては、最小化するためのコストを惜しまないという傾向があります。反面、日本では、リスクをヘッジするコストに関しては、余計な支出として捉えられてしまう傾向があるのです。欧米の企業の大きな割合が地震保険を購入している中で、地震国である日本の企業の多くが地震保険を購入していないことからも、この傾向は明らかだと思います。

犬塚 これは私の推測に過ぎませんが、表明保証条項は厳しい交渉を通じてリスクを最小化することが本来あるべき姿であり、M&A業界の皆さんの中では保険を交渉のツールとして使うことは邪道だと考えられている方も、まだ多いのかもしれません。また、厳しいタイムライン上でSPA交渉を完結させる必要がある中で、保険会社や保険仲介会社といった参加者を増やしたくないという話もよく聞きます。さらに欧米では多くの場合、弁護士事務所が保険の活用を主導するケースが多いですが、残念ながら日本ではそのような傾向はまだ弱いと感じられます。

日本国内でのさらなる普及に向けて

鬼頭 日本でこの保険があまり普及していない理由が、なんとなく分かってきました。どのようにしたら、この保険が日本国内でさらに普及するのでしょうか?

犬塚 表明保証保険・国内M&A保険は、PEファンド以外は契約者が自らの意思で積極的に活用するということはあまりなく、どちらかといえば保険の活用がセラーからのM&Aの条件になっていたり、ファイナンシャルアドバイザー(FA)やリーガルアドバイザー(LA)に勧められて活用したりするケースが多いと思います。しかし、FAやLAの皆様の中には、まだ保険の本当の使い勝手の良さを、ご理解いただいていない方も少なからずいらっしゃいます。FAやLAの皆様に、どのような案件で保険の活用が可能か、活用するとどのようなメリットがあるかなどについてさらにご理解いただくことにより、保険の活用件数については飛躍的に伸びる余地はあると思います。

宍倉 この保険が日本でさらに普及していくためには、十分な引き受けキャパシティを確保できることに加え、引き受ける保険会社の数が増え、競争原理が十分に働くことも、重要だと考えています。ここ1年を振り返りますと、我々が保険を手配した案件の約3分の2はIN-INの案件であり、その大半に国内M&A保険が使われています。これらの引き受け手は前言の通り国内のメガ損保4社とアリアンツに限られている中、すでに報道されている保険会社同士の合併により保険会社数とキャパシティのさらなる減少が見込まれています。一方、シンガポールでは表明保証保険の引受(審査)が可能な保険会社・MGAが欧米などから10社以上進出していますが、これらによる競争の激化により保険商品がクライアントにとってより使い勝手の良い商品へ発展していった経緯を、目の当たりにしてきました。そういった意味では、これは表明保証保険以外の保険商品でも言われていますが、ユーザーにとって国内のメガ損保以外の選択肢が、もっと増えたらいいですよね。

TOB・MBO案件にも表明保証保険の活用が可能

鬼頭 保険が日本でさらに活用されるためには、FAやLAの皆様に活用意義を改めてご理解いただくことが必要なことに加え、プレーヤーの増加による競争環境の整備が求められているのですね。ところで、この保険は主に非上場企業の取引に活用されてきたと認識しているのですが、最近は日本では上場企業の案件に対しても、保険の活用が増えているという記事を目にしました。この辺りについて、ご説明いただけますか?

宍倉 表明保証保険については、非上場企業の株式の譲渡・取得にしか使えないとのイメージをお持ちの方が多いと思いますが、日本ではTOBMBO案件に対しても保険の活用が可能なのです。特にファンドからの出資金(株式)で買収資金を調達するようなMBOには、表明保証保険の活用はかなり有効と考えられ、実際にそのような意見をFAやLAの皆様からも数多く頂戴していますし、TOB・MBO案件に対する保険の手配実績も着実に増えてきました。

犬塚 TOB案件の場合は、買付者は成立の可能性を高めるために、TOBの対象とする株式の発行会社やその大株主との間で、各当事者の権利・義務を定めた契約を締結するケースが多いと理解しています。このような契約書の中に、表明保証条項を盛り込むことができれば、理論上TOB案件でも本保険の活用は可能となります。その際に問題となるのが、誰が表明保証をするかという点です。大株主が発行会社の事業内容を十分に把握している場合には、大株主に契約の中で発行会社に関する事項について表明保証をさせるのが自然だと思います。他方、大株主でありながら発行会社の事業内容をあまり把握できていない場合や、そもそも大株主が存在しないような場合は、発行会社またはそのマネジメントに表明保証をさせるといった方法も選択肢となります。

宍倉 特に、最近よく目にするPEファンドが創業家と組んで行うMBOについては、完了後は創業家とPEが二人三脚で踏み込んだ事業改革を実施して、企業価値を高めて再上場などを目指していくことと思います。従って、創業家の表明保証違反があった場合でも、PEと創業家が争うような構図は、避けたいと考えるようですね。保険契約を締結しておくと、創業家の表明保証違反によりファンド側が被った損害を保険会社に請求でき、その結果、創業家との争いを回避できるため、MBO案件でも本保険のニーズが、高まるものと考えられます。

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