[【小説】経営統合の葛藤と成功戦略]

2014年2月特大号 232号

(2014/01/15)

第56回 『相手会社には見せられない、孤独な戦い』

 神山 友佑(デロイト トーマツ コンサルティング)
  • A,B,EXコース

【登場人物】  山岡ファイナンスサービス社と渋沢ファイナンスコーポレーション社は、経営統合を数カ月後に迎えようとしていた。山岡FS社は同時期に大規模なリストラをせざるを得ない状況の中で、経営統合と構造改革の両立という難題を突き付けられる中ではあったが、それでも両社社員はなんとか経営統合を前向きにとらえ、成功に向けて歩みだそうとしていた。
  そんな中で、思いもよらぬ事態を告げられた山岡FS社の統合推進事務局長である松尾明夫は、急ぎ渋沢FC社に向かおうとしていた。

いつもとは違う風景

  山岡FS社の統合推進事務局長である松尾明夫は、部下に何も告げずに執務室を出ると、渋沢FC社の親会社であるメガバンク本店へと急いだ。何十回も往復している馴染みの道のりであるが、今日はいつもと違い移動時間がやけに長く感じられる。そしてタクシーの車窓から見える何もかもが、松尾の目にはひどく陰鬱に映った。

現実感のない出来事

  胃を締め付けられるような焦燥感は、不思議と松尾にはなかった。どちらかというと、これから向かい合うことになるであろう深刻な事実に対して、十分な現実感が持てない状態であった。しかし漠然とした不安感は時間が経つほどに増していき、自分の中でうまくその不安感をコントロールできていないと自覚していた。
  銀行本店に着くと、松尾は総合受付に「統合推進事務局の打合せがありまして」とだけ告げた。当然ながら受付の女性社員は松尾のことをよく知っている。「毎日お疲れ様です」と笑顔で応じると、何も不審がることなく松尾に入館カードを手渡した。
  松尾はセキュリティーゲートを通りエレベーターホールも過ぎて、中庭に面した一角まで来た。お昼休みでもなければ、普段は殆ど人がいないことを松尾は知っていたからだ。周りに誰もいないことを確認してから、渋沢FC社の統合推進事務局長の横山友樹に電話をかけた。
  随分と長い間呼び出し音が続いてから、ようやく横山は電話に出た。松尾は低い声で横山に話しかけた。
  「1階にいます。横山さんはどちらでしょうか」
  しばし沈黙があったが、横山は短く答えた。
  「23階の役員応接室にいます。一番奥のM応接です」
  松尾は「わかりました」とだけ伝えると、電話を切った。そしてエレベーターホールに戻り、23階に上がった。

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