[【小説】グローバル経営改革 ~ある経営企画部次長の悩み深き日々]

2019年10月号 300号

(2019/09/17)

【小説】グローバル経営改革 ~ある経営企画部次長の悩み深き日々(第4回)

第1章「海外子会社のガバナンス改革編」 第4話「仮説の形成」

伊藤 爵宏(デロイト トーマツ コンサルティング合同会社 シニアマネジャー)

【登場人物】

サクラ電機株式会社 本社 経営企画部 部長
堀越 一郎
サクラ電機株式会社 本社 経営企画部 次長
木村 遼太
サクラ電機株式会社 本社 経営企画部 スタッフ
山本 朝子
Sakura Asia Pacific Planning Group Manager
中田 優紀
(前回までのあらすじ)

 サクラ電機の本社経営企画部に配属された木村遼太は、地域統括会社が主導する東南アジア子会社のガバナンス改革プロジェクトを本社の立場から支援することになり、その一環として経営企画部スタッフの山本、地域統括会社の中田とともに各社へのヒアリングを行うことになった。
 すでに2社へのヒアリングを終えた木村たちは、子会社側の都合により急きょヒアリングのスケジュールが変更されたことを受け、空いた時間で作戦会議を行うことにした。
 これは、あるコーポレートの経営企画部次長が、様々なコーポレートアジェンダに携わり、そして経営と現場の間で葛藤しながら、自社におけるグローバル経営の在り方を模索するストーリーである。



つかの間の空白

 木村、山本、中田の3人は、マレーシアのホテルにある貸し会議室で席を並べていた。
 本日予定していた子会社へのヒアリングは、対象会社が急きょ休業となったことに伴い、延期となっていた。
 「それにしても、地元のサッカーチームが優勝したっていう理由で祝日になるなんて、面白いですね」
 昼食のサンドイッチをほおばりながら山本が言った。
 「現地に来て初めて分かることがいかに多いかということだな。そして、その観点で言えば、これまでの2社へのヒアリング結果も同様ですね、中田さん」
 木村は、山本に同意を示しながら、中田へ話題を振り、会話を本題に戻した。
 3人は、スケジュールの空き時間を利用し、これまでヒアリングした2社の結果を踏まえ、プロジェクトアプローチの仮説づくりを行うべく集まっていたのだった。
 中田は、悩み深い表情をしながら木村の言葉に頷く。
 「これまで地域統括会社の立場から各社との接点はありましたが、改めてヒアリングすると、現場のリアリティが見えてきますね。これまでヒアリングした2社だけでも、置かれた状況にこれだけ違いがある中で、地域統括会社としてどのように働きかけていけばよいのやら...」
 「そうですね、中田さんの面前してこられた難しさがよく分かります。本来であれば、すぐにでもオペレーションとシステムの統合を打ち出す大義を探したかったところですが、今の状況だと、一足飛びにそこを目指せば各社の反発は必至で、キックオフミーティングの二の舞になってしまいます」
 木村は、中田の悩みに共感しながら答える。そして、ヒアリングをしながら考えていた自らの意見を中田にぶつけてみた。

それぞれの仮説と想い

 「各社の置かれた状況や意見が様々に異なることを踏まえると、まずはどんなに小さくても、“One Sakura”としての成功事例を作ることが重要なのではないかと思います」
 「小さな成功事例…ですか」
 「そうです。この成功事例には、大きく2つのパターンがあり得ると思います。1つは、それほど統合の難易度が高くなく、各社が簡単に相乗りできそうな領域です。例えば、2社目で挙がっていたような人材の獲得や教育です。これは、ガバナンス改革そのものというよりも、その前提となるサクラ電機グループとしての一体感の醸成を目的とします。一方、もう1つは、本丸であるオペレーションとシステムの統合を、限られた会社でパイロット的に行うことです。パイロットの選定には難しさがありますが、遅かれ早かれ、システムの老朽化や事業規模の拡大により、今のシステム基盤では追い付かなくなる会社が多いはず。残りのヒアリング結果も踏まえて、緊急性・優先順位を見極めましょう」
 中田は、これらの木村の提案を吟味するように反応する。
 「なるほど…現実的な仮説としては、そのような進め方になるかもしれません。それにしても、全てを完成させるには、長い時間のかかる話ですね…」
 そして、自らの考えを深めるように言葉を続ける。
 「ですが、たしかに今のサクラ電機において地域統括会社がすべきことは、そういったグループとしての“プラットフォーム”を地道に作り上げていくことなのかもしれません。これまでは、文字通り事業を“統括”する立場でしたが、それぞれの事業本部がグローバルに戦略を展開する今の体制では、先の話にあったシェアードサービスのような形で、各事業の成長を“下支え”するような立場になるということですよね。誰かが小さな成功事例を作り、そしてそれを大きな完成型へと育てていかなければならない。それが、このガバナンス改革プロジェクトにおける、地域統括会社の、いや、私の役割なのかもしれません」
 中田は、自ら重責を負おうとしていることに不安な顔をしながら、それでも思うところを木村に述べた。
 「ありがとうございます、中田さんがそう言ってくださると心強い。では、このアプローチ仮説に基づきながら、残りのヒアリングも進めていきましょう」
 木村は、中田に芽生えてきた課題意識を嬉しく思い、それを励ますように答えた。
 この後、山本が中心になって明日以降のヒアリングに向けた検証ポイントを簡単な文書に取りまとめながら、3人でいくつかの実務的なすり合わせを行い、その日の打ち合わせを散会とした。

抵抗の急先鋒

 翌日は、Omega Electronicsへのヒアリングであった。
 Omegaは、サクラ電機が数年前に買収した現地企業である。そして、プロジェクトのキックオフミーティングで、先陣を切ってオペレーションとシステムの統合方針に対する抵抗感を表明した会社でもあった。
 「つまり、本社は数年前の統合時に合意した内容を白紙に戻せと言っているのかね?」
 キックオフミーティングにおけるOmegaの社長の言葉が、木村の脳裏をよぎる。今日もタフなヒアリングになりそうだと不安を抱きながら、昨日中田や山本と議論した仮説を頭の中で反芻しながら、木村は会議室の席についた。
 会議卓の向かいには、Omegaの社長以下、役員数名が並んでいる。これまでのヒアリングと同様、冒頭の挨拶に続く形で木村は東南アジア子会社のガバナンス改革プロジェクトおよび今回のヒアリングの趣旨を、準備した資料に則って説明した。
 そして、説明が終わると、今度は反対にOmega側から分厚いプレゼンテーション資料が配布された。
 「今後の議論を同じ目線に立って行うためにも、まずは当社におけるオペレーションの統合に関する背景を説明させてほしい」
 資料が配り終えられると、Omegaの社長はこう切り出した。

抵抗の背景

 配布された資料には、Omegaを買収した際の統合方針と、その後の統合の経緯が仔細に記されている。
 社長に続き、Omegaの役員たちが代わるがわる英語でまくし立てる説明を必死でキャッチアップしながら、木村はその内容の理解に努めた。
 キックオフミーティングでの発言にもあったように、Omegaは、ローカルの人材とITシステムを活用して極めてローコストな構造となっており、それが競争優位の一つでもあったことから、サクラ電機との全面的なオペレーション統合は行わないこととしていた。それでも、代理店の重複の解消や両社が有する製品のクロスセルを目的として、販売オペレーションの部分的な統合を図ったのだが、これが当時、様々な混乱をきたしたとのことであった。
 商流を含めて、サクラ電機の販売プラットフォームを活用する方針としたが、これに伴いOmegaの優秀なセールス人材が離反、Omegaの製品知識を十分に有するセールス人材が不足することでクロスセルどころか既存の販売量を確保するのに大変な苦労があったようだ。また、サクラ電機の販売プラットフォームを経由することで、情報連携のリードタイムが長期化したり、サクラ電機から求められる各種のレポーティングが管理部門の工数を増加させているとの声も挙がった。
 「我々は事業の競争力を第一義に考える。もし今後、オペレーションやシステムの更なる統合を志向するのであれば、相応の意義を説明してほしい」
 説明の結びに、社長が付け足した。
 現在では、平生のオペレーションを安定化させるに至り、クロスセルも一定程度は形になってきているとのことだが、一連の経験がOmegaにとって「サクラ電機スタンダード」への統合に対するトラウマになっていることは、社長の一言からも明らかだった。

仮説の検証

 Omegaの面々からの一方的な説明に面食らった木村ではあったが、同時に、まさに昨日議論した仮説の枠組みに、Omegaも当てはまるのだという実感を持った。
 OmegaのPMI(ポスト・マージャー・インテグレーション)という観点では、他の数多の例に漏れず、そのプロセスが順風満帆に進んだとは必ずしも言えないし、現在もまだその途上にあるだろう。
 しかし、東南アジアの子会社群を一つのサクラ電機グループとしてまとめるという視点で捉えれば、彼らもまた、多様な歴史と経緯を持ってサクラ電機グループの一角を担う他の子会社と同じなのだ。すなわち、サクラ電機がグローバル経営を実現するということは、Omegaもその一部として組み込まれるということなのである。そして、このプロジェクトを通じてサクラ電機グループとしての一体感を強められれば、それはグローバル経営の実現に向けて、小さくとも意味のある一歩になるはずだ。
 木村は自らの考えをまとめ、Omegaに理解と敬意を示しながら、しかし毅然と述べた。
 「統合の経緯を詳細に共有頂き、ありがとうございます。また、先日は、一方的な統合の方針を押し付けるような説明をしてしまい、申し訳ありませんでした。我々も、事業の競争力が重要との考え方に相違はございません。そしてコスト競争力のみでなく、各社の成長を阻害する様々なリスクに対して、サクラ電機グループとして対処できるガバナンス体制、そしてオペレーションとシステムを構築することが本プロジェクトの趣旨です」
 一息おいて社長以下の様子を見ながら、木村は続ける。
 「ついては、統合の経緯を十分に踏まえた上で、現在のOmegaのオペレーションについて、今日はお話を伺いたく存じます」
 木村はその後も丁寧に説明と質疑への応答を続け、渋々ながらOmegaからの参加者がヒアリングを行っていくことに同意してきたことを見て取ると、徐々に質問を始めた。
 「他の会社ではこのような意見が挙がったのですが、御社はどうでしょうか?例えば…」
 木村は、日本での下調べとこれまでのヒアリングの内容を踏まえ、いくつか具体的な事象を挙げながら質問をぶつけていった。抵抗感の強いOmegaにとっては、この期に及んで自社のオペレーションを順々に探られるよりも、「他の会社の事例」という位置付けで問いかけたほうが意見をもらいやすいと考えたためである。
 Omegaの担当者たちは、始めこそ「当社は違う」、「当社は関係ない」といった回答もあったが、徐々に「たしかに当社でも人材の獲得や育成には苦労している」、「実は、統合時にそのようなアジェンダも候補に挙がった」というように、実態を話し始めた。傍らでは、変則的な進め方に対し、元々ヒアリングすべき事項が確認できたか、山本が手元のリストを消し込んでくれている。 
 結局、当初の予定時間を超過する形でヒアリングを終え、Omegaの担当者たちは最後まで付き合ってくれた。オペレーションやシステムの統合には懸念があるというOmegaのスタンスは変わらなかったが、各社をヒアリングした結果をもって本プロジェクトのアプローチを改めて議論する際には、自らもその議論に加わることへの合意を社長から取り付けたのであった。
 抵抗の急先鋒であったOmegaへのヒアリングを終え、木村たちは少し安堵した。そして、連日のヒアリングに奔走する中で、徐々に朧気ながら現実的なプロジェクトアプローチを形作り始めていた。

(次号へ続く)

■筆者プロフィール■
伊藤 爵宏(いとう たかひろ)
デロイト トーマツ コンサルティング合同会社 シニアマネジャー
製造業を中心に、バイサイドディールにおけるビジネスアドバイザリー、セルサイドディールの構想・実行、PMIにおける統合事務局、グループ子会社の再編構想等、M&A・組織再編全般にアドバイザリー経験を有す。
近年では、日本企業のグローバル経営力強化に向け、グローバル本社・地域統括組織におけるミッション・機能の再定義から組織再編の構想・実行に至る機能・組織変革案件に多数従事している。

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