[M&Aスクランブル]

(2020/04/02)

事業環境急変で、今改めて整理したい「事業再生」

マール企業価値研究グループ
1. はじめに

 新型コロナウイルス感染症 (COVID-19)のパンデミックにより、物理的な集客を前提とする事業者を中心に資金繰りの問題が深刻化している。影響はこれに留まるものではなく、今後時間が経過していくにつれて、資金面・資本面で困難な状況に直面する企業が広範囲に増加する可能性がある。今回の記事は、この点をふまえMARR Onlineの過去の事業再生に関する記事コンテンツを整理するものである。

 事業再生の視点でみれば、今回の事態は国内企業の事業再生だけではない。東日本大震災以降、積極的に実行されたクロスボーダーM&Aにみられるように、今回は海外企業の事業再生にどう立ち向かうかという新たな課題に直面する可能性がある。これは海外事業ポートフォリオの再生・撤退という守りの視点と、他の海外企業の業績不振に対し、M&Aを用いて事業を拡大するという攻めの視点である。M&A専門家のみならず、事業会社の経営企画担当者やPMI担当者が事業再生の手法や考え方について理解しておくことには意味がある。

 買主目線での事業再生局面でのM&A(事業再生M&A)においては、将来の事業計画や経済状況が大きく不安定な中でリスクや(過去・将来の)損失をどう負担していくかという交渉が重要となる。手法としては、デット(債権)をディスカウントで購入する、種類株式を活用しリスク・リターンを組み替える、ニュー・マネーを注入し資本を増強する等のバランス・シートの右側の処理が最初に挙げられよう。法的整理・私的整理が戦略的に用いられる中での投資も必要となる。流動性確保のため迅速に資産売却・事業売却を行う、Good事業とBad事業を分けるなど資産サイドの処理の技術も必要となる。場合によっては人員整理も必要となろう。それらを資金繰りと両立させながら経営していく。このような外科的手法は技術的であるが、そう簡単ではない。最も困難なのは、時間が特に限られ物心共に極限の状態を強いられることと、個々の取引の優劣ではなく、優先順位をつけて全体をパッケージとして組み立てる総合力が求められることだ。更に買収後は、経営改善のための事業構造や組織を変え、従業員のモチベーションをあげるなど内科的手法も必要となる。

 近年、国内において事業再生が注目される場面はそれほど多くなかった。1990年代後半からの不良債権問題や2008-09年の世界金融危機後の事業再生の経験・ノウハウが散逸している可能性もあり、MARRとして事業再生M&Aに関する記事をいくつかご紹介したい。また、今後も事業再生については特集していく。


2. 投資ファンドによる事業再生の事例

 MARR Onlineでは、事業再生を得意とする投資ファンドの記事をストックしている。投資の判断のポイントや、出資スキームの狙い、外科的手法だけでなく、投資実行後の経営改善の手法を含め参考にされたい。

 最初に紹介するのは、インテグラルが手掛けた東洋エンジニアリングとスカイマークの事業再生である。共通点は、対象会社の強みを確認した上で、業績不振となった根本原因を取り除くことが可能かどうかを投資判断の根拠としていることだ。根本原因は、東洋エンジニアリングでは過去の海外案件の採算悪化であり、スカイマークの場合は大型旅客機の導入にかかる債務問題である。過去を切断し、ファンドによる資金・資本の注入により、信用不安が払拭され、成長のために新規投資やR&Dへ経営資源を振り向け、オペレーションを改善していく。従業員の不安も和らぎ、取引先との信用回復にもつながり売上が回復していくというストーリーが数字ベースの事業計画も含めて策定できるかどうかが重要であろう。

 今回のパンデミックだけでなく、事業再生には資金繰りが最重要ポイントとなる。スカイマークの記事において民事再生申立て前後の資金繰り計画策定の様子が具体的に記載されており、非常に緊迫した状況が分かる貴重な記事である。


 MARR Onlineの会員やMARRセミナー参加者には既知であるが、投資ファンドだから外科的手法のみという時代は既に去っており、投資ファンド内の専門チームと外部招聘の経営チームによるオペレーション面での改善を計画し実行している点も確認されたい。MARRセミナーにおいて、投資ファンドの投資責任者や経営チーム責任者の講義では、事業会社の担当者の出席がとても多く、経営改善の手法や投資の見立て方などについて関心が極めて高い。今後もM&A人材育成塾の実践実務講座やM&Aリーダーシップ講座(MALP)を含めて経営改善の手法や事例研究を増やしていく予定だ。

 より内科的な経営改善手法に焦点をあてた記事として、豊富な経験をもつ経営者のインタビュー記事を以下に紹介しておく。最初の記事で辺見氏は、『企業を再生する場合に、基本的にやらなければいけない施策はどういう案件でも大きく異なる訳ではありません。対象企業によってどこに重きを置くかとか、何を優先してやるかという点に違いがあるだけで、後は徹底的にやり抜く事だと思います』と述べている。

 この点は非常に重要な視点が2つ含まれている。事業再生の共通点に注目する点と、相違点に注目する点である。後者の視点は、他の事例の解決策だけを単純に理解するのではなく、なぜこの事例ではここに重点を置いたのか、この優先順位としたのかという前提を推察し、ケース・バイ・ケースであることを認識するということだ。


 冒頭にも述べたように、国内企業が海外で事業再生に本格的に直面することになるとすれば、国内案件ではあるが次の東芝メモリ(現キオクシア)の記事が2つの点で参考となる。東芝本体の資本不足が案件の契機となった点と、投資ファンドと事業会社がチームを組んで買収する点だ。後者は国内の事業会社が現地の事情に詳しいグローバル・ファンドとコンソーシアムを組成し、海外で業績不振となった同業会社を買収する等の参考になろう。組み方も色々あって、共同で投資を単純に行うほか、Good事業とBad事業を分ける、オペレーションとハード・アセットを分ける、コア事業とノンコア事業を分けるなど様々であり、特に米国では様々なストラクチャーの事例がある。これらも機会があれば別途ご紹介したい。


 以下にも有力投資ファンドの関連記事を挙げておきたい。いずれも事業再生に関する投資判断、再生手法について参考になる。

 CITICによるポリマテック・グループへの投資は、法的整理(民事再生)後にスポンサーとなったもので、コア技術を評価し、特定の製品に偏らない事業ポートフォリオへの転換や不採算品目からの撤退、海外事業の拡大等により収益回復を達成した。


 ニューホライズンキャピタルのたち吉への投資の件は、Good-Bad事業に分離する第二会社方式を採用している。債権者も一部債務免除を許容するなど私的整理の枠組みだ。経営陣の招聘、従業員のモチベーションアップや新しい市場の開拓など再生の狙いなどをインタビューしている。


 経営共創基盤(IGPI)によるみちのりホールディングスへの投資は、労働集約的なサービス産業かつ地方企業の再生のモデルとなるケースといえる。


 ベインキャピタルによるシステム開発会社ワークスアプリケーションズのヒューマンリソース(HR)事業の買収は、一部の分野における開発投資の不振により経営危機となった同社について、高収益事業のHR事業だけを買収したケースである。ベインキャピタルは、バリュエーションの目線、DDのポイントもグローバル・ファームの知見を活用し、短期間で投資の意思決定をしている。


 ここまで紹介した視点は、あくまでHow(どのように)、つまりどのように事業再生を行うかという手段、戦術面であった。しかし、これらから学ぶべきもう一つの視点は、Why(なぜ)、つまり目的・戦略・ゴールの設定であると考えている。

 投資ファンドは、そのファーム毎に投資エリア、対象事業・得意業種とオペレーション・チームなど投資戦略を持っている。前述した投資ファンドによる事業再生案件についても、対象企業の再生手法(How)と、その投資ファンドの投資戦略(Why)とが合致することが大前提である。つまり手段と目的が整合的であるということである。時間軸を持ち、事業構造、収益構造そして企業価値が数年後(例えば5年後など)にどうなっているかをあらかじめ設定した上で、逆算して投資判断を行う。事業会社の戦略的M&Aと変わるところがない。
今回多くの事業会社が、従前からリストアップしているM&A候補会社の状況を注視していることと想定される。自社の戦略・獲得目標(獲得したい技術・市場など)と合致する対象会社を事前に調査し、想定しておくことが重要である。

3. 事業再生M&Aの手法(法的論点)

 事業再生M&Aにおける法的論点について、以下の記事をピックアップしておく。特に最初の記事は最近掲載された米国倒産法に関するもので、冒頭で述べた国内企業が直面する海外企業の事業再生に関係するものである。なお、記事は掲載当時の法律その他制度に基づいており、以降の改正等を反映したものではない。ゆえに実際に取り組む際には改めて専門家の助言を必要とすることに留意されたい。また、今後は事業再生に関連する法務のニーズが増加することが予想されるため、MARR Onlineとしても積極的に専門家に働きかけて記事を掲載していきたい。



4. 世界金融危機直後の事業再生M&Aの状況

 世界金融危機直後の事業再生をテーマにした記事であり、当時の経済状況と事業再生の状況が理解できる記事である。



5. 最後に

 今後国内の事業会社は、過去に買収した事業からの撤退を迫られることもあるだろう。しかし撤退は決して過去の投資の全否定にはならない。一般的なメディアではセンセーショナルに現時点での評価尺度をもって事後的に過去の投資が誤ったものだと評価するが、それは必ずしも適切とはいえない。①事前に適切な判断を下したか、②投資後に適切な判断を下したかが問われるべきである。現時点においては、現在から将来を見た場合に撤退が必要であれば②に基づきそれを断固実行することは適切な行為であって、むしろ評価すべきことである。サンクコスト(埋没費用)を無視することが非常に重要になる。

 M&Aに従事する者として必要なのは、冷静な判断力と困難な状況でもやり切る力であり、特に事業再生案件では求められるスピードと心理的な負担が大きくなる。MARR Onlineはこのような大変な状況の中でM&Aに従事する方々を引続きサポートしていきたい。

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