[【法務】Withコロナ時代のクロスボーダーM&Aの実務と新潮流(東京国際法律事務所)]

(2020/10/28)

【第3回】 クロージングまでの財務変動にどう対処するか?(2) - MAC条項を発動できる実際の要件

森 幹晴(東京国際法律事務所 代表パートナー 弁護士・NY州弁護士)
関本 正樹(東京国際法律事務所 弁護士・NY州弁護士)
  • 無料会員
  • A,B,C,EXコース
いわゆるMAC条項の定義である「重大な悪影響」(Material Adverse Change/Material Adverse Effect。以下「MAC」という)は、売上・利益などがいかなる期間にわたってどれだけ減少すれば該当するのか、その他にどのような事情が考慮されるのか。

 MAC条項は、M&Aの契約交渉で当事者の関心が高く、熱心に交渉される条項であるが、実際にMAC条項が発動されてその効果が試される機会は多くない。しかし、不確実性の高いWithコロナ時代において、M&A契約締結からクロージングまでに対象会社の収益が大きく悪化したような場合に、実際にどの程度、対象会社へのインパクトがある事情が生じれば買主はM&A取引から撤退できるのか、買主側だけでなく、売主側にとっても関心のある論点だろう。今回は、実際にMAC条項による契約解除が認められた事例と、新型コロナ感染症の流行による影響で発生したMAC条項による契約解除をめぐり係争中の事案を紹介して、MAC条項の実際の発動場面とその後の展開について見てみたい。

MAC条項とは

 MAC条項は、M&A契約締結からクロージングまでの期間に対象会社に「重大な悪影響」のある事象が生じた場合に、買主がM&A取引から撤退できる権利(Walkaway Right)を定める条項である。米国型のM&A契約では、MACの不存在を取引実行の前提条件とし(Stand-Alone MAC)、さらに、直近の財務諸表の基準日以降はMACに該当する事由がないことを表明保証の対象とすること(Back-Door MAC)が多い。他方、欧州型では、MAC条項がM&A契約に含まれるのは少数派であり、むしろ、MAC条項が含まれない方が多数派である。

MAC条項の交渉ポイント

 MAC条項は、売主がコントロールできるとは限らないM&A契約締結後の重大な後発事象のリスクを売主に負担させることになるものであるため、売主の抵抗は強く、実務ではいくつかのポイントをめぐって熾烈な交渉が行われる。

 例えば、買主としては、対象会社の将来のリスクをMACでカバーするため、重大な悪影響が将来生じる見込みのある事象を定義に含めるよう交渉することがある。契約書の文言はさまざまなバリエーションがあるが、例えば、「重大な悪影響を及ぼすと合理的に予測されうる(Would/Could be Reasonably Expected)」事由をMACの定義に含めることがある。

 他方、売主としては、クロージングが起こらない不確実性をできるだけ排除したいと考えるので、特にそもそもMAC条項を定めることに消極的な国では、MACの定義を明確化するために客観的な数値基準(売上基準額、EBITDAなど)を設定する方向での交渉となることがある(なお、簡単にMACに該当しうるレベルでの数値設定をすると、M&A契約締結後によりよい条件を提示するほかの買い手候補が登場したといった場合に、かえって売主が当該案件を中止する口実となりうることに注意したい)。

 また、事案によっては、当事者が特に想定している事象(例えば、クロージング時に一定の数・割合の顧客を失っているなど)については、MACの例示として定める、あるいは(MACとは独立した)個別のクロージングの前提条件とする方が、交渉が進みやすいこともある。特に米国など、数値基準なしのMAC条項がスタンダードになっている国であてはまる。このように、その国のM&A実務を踏まえ、どのような事象、あるいは売上・利益などに関して、どの程度のレベルのインパクトがあれば買収から撤退できるとするのか、クロージングの不確実性をできるだけ低減したいと考える売主の許容度を見極めながら、交渉することになる。

 また、売主としては、対象会社や売主に帰責性のない事由についてはMACから除外し、買主がM&A取引から離脱できる事由をできるだけ限定しようとする。このようなカーブアウト(除外)事由として、典型的には、一般的な市場や経済環境の変化、戦争やテロの勃発、政治情勢の変化、自然災害、法令や会計基準の変更など、当事者のいずれにも帰責性のない事由が挙げられる。さらに、新型コロナ感染症の世界的な流行以降は、「パンデミック」もMACから除外される傾向にある。もっとも、これらのカーブアウト事由がある場合であっても、買主としては、対象会社において、同業他社に比して、「不均衡な影響(Disproportionate Effect)」が生じた場合については、(もはや対象会社や売主に帰責性がないとはいえないということも多いことから)「例外の例外」として、カーブアウト事由からさらに除外する(MACに含める)ことを求める交渉をすることもある。

MAC条項をめぐる紛争事例

東京国際法律事務所

■筆者略歴

森 幹晴(もり・みきはる) 

2002年東京大学法学部卒業。2004年長島・大野・常松法律事務所。2011年コロンビア大学法学修士課程修了。2011-2012年Shearman & Sterling(ニューヨーク)。2016年日比谷中田法律事務所。2019年東京国際法律事務所開設。
日本企業による海外M&A・国内M&A、国際仲裁等に注力。ALB Japan Law Awards 2020において、Dealmaker of the Year、Managing Partner of the Yearの各カテゴリーにおいてファイナリストとして選出。IFLR1000 - Guide to the World’s Leading Financial Law Firms において、Leading Lawyer - Notable Practitionerに選出。


関本 正樹(せきもと・まさき) 

2007年東京大学法学部卒業。2008年9月-2020年8月長島・大野・常松法律事務所。2014年コロンビア大学法学修士課程修了。2014年8月-2016年9月長島・大野・常松法律事務所(ニューヨークオフィス)。2018年8月-2020年8月株式会社東京証券取引所上場部企画グループ出向。2020年9月東京国際法律事務所参画。

日本企業による海外M&A・国内M&Aに注力。

続きをご覧いただくにはログインして下さい

この記事は、無料会員も含め、全コースでお読みいただけます。

マールオンライン会員の方はログインして下さい。ご登録がまだの方は会員登録して下さい。

バックナンバー

おすすめ記事