本稿では、
PMIを単なる「後処理」ではなく自社を変革する好機として捉える「自己変革型PMI」について解説する。買収側は、M&Aの失敗原因を外部環境や相手企業に求めること(「他責思考」)をしがちだが、失敗原因は自社独自の価値観や行動様式にあることが多い。「自己変革型PMI」は、自社の組織や文化の「旧弊」を客観視し、対象企業の良い点を謙虚に吸収する「自責思考」を前提とする。成功の鍵は、既存の延長線上で考えるのではなく、M&Aを通じて目指す「将来のあるべき姿」から逆算して、統合計画を策定することにある。これにより、戦略、組織、人材、企業文化、業務プロセスといった領域を総合的に俯瞰し、PMIを通じた自社と対象企業の変革が可能となる。また、この変革を確実に推進するためには、トップマネジメントの強い関与と、異文化理解力に優れた強力なプロジェクトリーダーの存在が不可欠である。
1. M&Aの失敗原因は社内にある 拙著
『M&A失敗の本質』(ダイヤモンド社)では、M&Aの失敗原因は、社内独自の価値観や行動様式にあると紹介した。例えば、ストレッチした業績目標の達成を常時期待される企業では、「戦略・目的が不在のM&A」を生む可能性があり、上司の指摘に備えて、枝葉末節な情報ばかり子会社に要求する企業では、子会社とのコミュニケーションで軋轢を生むことになる。
買収した子会社との様々な軋轢の本質は、日本企業側が自社流儀の仕事の仕方を、相手に押し付けているために起きた関係性の不具合である。「M&Aの失敗原因は社内にある」との主張は、失敗原因を外部環境や相手に求める(他責思考)のではなく、「自責思考」で過去の失敗を教訓にすることで、M&Aを推進するための組織能力強化に繋がる考え方に基づいている。M&Aの失敗を減らすためには、自社の独自の価値観や行動様式を、企業文化の相違を考慮せずに、そのまま相手に押し付けていないか、自らを客観視することが第一歩である。その上で、自社独自の価値観や行動様式の中で、外部との協業に適さない旧弊を自己改革していく覚悟が必要になる。PMIを単なるM&Aの後工程の「作業」と考えていると、とかく、相手企業のプロセスや組織を変えることに着目しがちである。
M&Aは、企業文化の異なる企業との協業を通じた組織変革(Transformation)の好機である。実際に数多くの日本企業が、自前の経営システムで多国間展開をすることに限界を感じていた。しかし、海外での大型買収を契機に、子会社の技術、業務プロセス、経営管理の仕組み、マーケティング手法などの「ベストプラクティス」を謙虚かつ貪欲に吸収し、自社の組織を変革している。実際にそのような企業は、異文化への許容度も高く、シナジー創出の「得意技」を開発し、持続的成長を実現している。統合対象企業(以下、「対象企業」)側から見ても、これら日本企業は最適化された経営の仕組みや独自の技術を有し、有能な人材も呼び込める「魅力的な企業」ということになる。買収企業側が、伝統的な組織風土を有した企業(いわゆる、「JTC」(Japanese Traditional Company))であればあるほど、「相手を変えるだけではなく、自分も変わる」との視点は必要ではないか。
■筆者プロフィール■

人見 健(ひとみ・たけし)
未来経営パートナーズ合同会社 代表パートナー
中央大学大学院 戦略経営研究科(ビジネススクール) 客員教授
M&A・事業ポートフォリオ戦略策定、企業価値評価、ビジネス/財務・デューデリジェンス、ファイナンシャルアドバイザリー、PMI、組織能力強化支援を一貫して提供。関与したプロジェクト数は300件を超える。KPMG FAS、ローランド・ベルガー、フロンティア・マネジメント、パナソニック、NTTデータ経営研究所等を経て現職。著書「M&A失敗の本質」(ダイヤモンド社)は、第15回M&Aフォーラム賞で正賞(RECOF賞)を受賞。慶応義塾大学経済学部卒、テンプル大学経営学修士課程修了。米国公認会計士(ワシントン州)。