左から、藤本 欣伸氏、清明 祐子氏、岐部 一誠氏、奥見 昌彦氏
本座談会では、激動するM&A市場の現状と展望について、多角的な視点から議論が交わされた。
かつて、「乗っ取り」と見なされた企業買収は今や企業の当たり前の行動として定着しつつある。そうしたなか、「同意なき買収」の今後のあり方、PMIの難しさ、DEIや人的資本の重要性、グローバルM&Aを進めていくにあたっての様々な課題、PEファンドによる企業買収のあり方など多様なトピックについて意見が交わされた。欧米におけるアクティビズムの盛り上がりや保護主義的な規制強化の潮流が、今後の企業戦略を大きく左右する出来事になり得ることについても話は発展した。
グローバル化が進むなかで日本企業が競争力を高めるには、M&Aを成長戦略の軸に据えつつ、PMIによる統合プロセスの設計や多様性を取り込む人的資本経営、そして適切なガバナンスの確立が不可欠だ。海外企業買収後のPMIにおいては、トップの思想や組織文化の共有が成否を分け、多様な人材が自由に意見を述べられるカルチャーを築くことが、イノベーション創出の土台になる。
激変するグローバル市場で新たな成長機会をつかむためにどう行動すべきか、M&Aの最前線で活躍する6人に「激動のM&Aマーケットの最前線」について率直に意見交換をしてもらった。
- <目次>
- はじめに~自己紹介
- 敵対的買収・同意なき買収と近時の資本市場の流れ
- アクティビスト対応に対する混乱と非公開化という選択肢
- 特別委員会の役割・課題およびM&Aが裁判に至る事例
- 苦労が多いPMIはどのように行うべきなのか
- 人的資本とDEI(Diversity, Equity & Inclusion)の本質
- M&Aに関連する欧米の最新動向
- 暗号資産交換業者をナスダック上場させた大胆な手法
- おわりに
1. はじめに~自己紹介
藤本 欣伸(ふじもと・よしのぶ)
西村あさひ法律事務所・外国法共同事業 弁護士(パートナー)
1999年パートナー就任以降、外資ファンドその他外資企業による不良債権、不動産及びエクイティ投資に数多く関与。その後、MBOを含む国内におけるM&A、事業会社同士の統合案件のほか、最近では、日本企業による米国、ヨーロッパ諸国、アジア諸国におけるM&A取引及び合弁案件に多数関与。また、M&Aその他海外取引案件の他、日本企業を代理して、米国その他国外における訴訟案件など、紛争の処理及び危機管理案件にも多数関与。Chambers及びBest LawyersなどによるCorporate and M&A部門あるいはヘルスケア部門にランクイン他受賞歴多数。
藤本 「本日の座談会で議事進行を務めさせていただきます、西村あさひ法律事務所・外国法共同事業パートナーの藤本です。弁護士としては、今年で35年目を迎えました。
私が弁護士になった頃は、今のようなM&Aはほとんどなく、乗っ取りという言葉が象徴するように、株式を密かに買い集めて突然介入するといった手法が普通にありました。ところが、2000年前後から外資系企業がジャパニーズGAAPを信用し始め、それを機にM&Aが急速に拡大していった印象を受けています。
近年は、そうした流れがさらに大きく変動しており、日本だけでなく欧米など海外の状況も含めて、激動の時代に突入していると言えるでしょう。本日は、まさにその最前線でご活躍され、実務の現場で汗をかいておられる皆さまにお集まりいただきました。
それではまず、参加者の方々をご紹介いたします。インフロニア・ホールディングス取締役代表執行役社長CEOの岐部さんです。岐部さん、自己紹介をお願いいたします」
岐部 一誠(きべ・かずなり)
熊本大学工学部卒業後、1986年前田建設工業入社。経営管理本部総合企画部長、執行役員土木事業本部副本部長、常務執行役員経営企画担当 兼 事業戦略本部長などを経て、2021年より代表取締役執行役員副社長 経営革新本部長。同年10月のインフロニア・ホールディングスの発足に伴い、代表執行役社長兼CEOに就任。インフロニア・ホールディングスは現在、前田建設工業・前田道路・前田製作所・日本風力開発を事業会社にもつ共同持株会社である。
岐部 「岐部と申します。インフロニア・ホールディングスは、もともと前田建設・前田道路・前田製作所の3つの上場会社を2021年10月にホールディングカンパニー化して誕生しました。設立からおよそ3年半が経ちます。
それまではインフラをつくることを主目的としてきましたが、インフラを長期的に運営し、そこからビジネスを生み出す企業は日本にはほとんどありません。そこで、この新たな領域に挑戦するべく、インフロニア・ホールディングスを設立しました。
3つの上場会社を統合するにあたっては、複数回の
TOBを実施しています。また、前田道路のM&Aは事業会社による日本で初めての
敵対的買収案件と言われることもあり、注目されました。さらに2024年には日本風力開発を買収するなど、M&Aを成長戦略の重要な柱として位置づけており、現在も大・中・小さまざまな案件を進行中です」
藤本 「次にマネックスグループの取締役代表執行役社長CEOの清明祐子さんです」
清明 祐子(せいめい・ゆうこ)
京都大学経済学部卒。2001年4月三和銀行(現・三菱UFJ銀行)入行、2006年12月にMKSパートナーズに転じ、2009年2月にマネックス・ハンブレクト(2017年マネックス証券と統合)入社。2011年6月マネックス・ハンブレクト代表取締役社長を経て、2013年3月マネックスグループ執行役員、2015年6月常務執行役員、2019年4月マネックス証券代表取締役社長に就任(24年1月より取締役社長執行役員に)。2020年1月マネックスグループ代表執行役チーフ・オペレーティング・オフィサー、2021年1月当社代表執行役チーフ・オペレーティング・オフィサー兼チーフ・フィナンシャル・オフィサーに就任。2021年6月取締役就任、2022年4月取締役兼代表執行役 Co-チーフ・エグゼクティブ・オフィサー兼チーフ・フィナンシャル・オフィサー就任。2023年6月より取締役兼代表執行役社長CEO。
清明 「清明と申します。マネックスグループは金融持株会社で、1999年に国内オンライン証券のマネックス証券を立ち上げたのが始まりです。そこから約26年間、M&Aを通じて事業を拡大してきました。
創業後の最初の10年ほどは、国内の同業他社を垂直的にM&Aしながら成長してきました。1999年当時、インターネットは普及し始めたばかりで、オンライン証券という新しい業態が生まれた時期です。しかし10年ほど経つと、オンライン証券は一般的になり、国内市場は飽和傾向になりました。そこでグローバルに展開しようと考え、2010年に香港のオンライン証券を買収し、さらに2011年には米国の上場オンライン証券トレードステーションを買収して、海外進出を本格化させました。
その後、2015年頃からAIやブロックチェーンといった新しい技術が急速に台頭し、これが金融や人々の生活を変えるだろうと考えました。そこで、いわば第二の創業として、2018年に暗号資産交換業者のコインチェックを買収しました。ちょうど大きな事件が起きた直後で、レスキューのような形での買収でしたが、最近ではコインチェックグループの
完全親会社をオランダに設立し、その会社がナスダック上場を果たしています。
当社はテクノロジーを活用して新たな事業を創出し、それをグローバル化することで成長してきました。現在もM&Aを成長戦略の中心に据えており、特に海外へ視野を広げています。一方で、買収だけでなく、香港の証券会社を売却したり、祖業であるマネックス証券の株式をNTTドコモに半分譲渡するといった取り組みも行っています。M&Aを活用しつつ、ビジネスポートフォリオを絶えず最適化していくことを目指している会社です」
藤本 「次に、丸の内キャピタル、シニアディレクターの奥見昌彦さんです」
奥見 昌彦(おくみ・まさひこ)
慶應義塾大学法学部法律学科卒業。マッキンゼー・アンド・カンパニーに入社後、主に半導体・電機・自動車等の国内製造業及びPEファンドに対して、成長戦略立案・ビジネスDD等のテーマで経営コンサルティングに従事。2009年から産業革新機構の創業メンバーの一員として参画。ルネサスエレクトロニクス、ユニキャリアホールディングス等、主要なバイアウト案件にて投資業務に従事。
2016年7月丸の内キャピタルに参画。リテイル領域を主として担当し、2号ファンドではエムアイフードスタイル、三浦屋、AKOMEYA TOKYO、サイプレスへの投資を担当。3号ファンドでは東亜トレーディングへの投資を担当。
奥見 「奥見と申します。私は
プライベート・エクイティ・ファンド業界で15年超の経験を積んできました。新卒ではマッキンゼーに入社し、製造業を中心にプロジェクトを担当し、特にビジネス
デューデリジェンスにおいて複数のファンド案件に携わりました。その中でファンドビジネスに興味を持ち、2009年より政府系ファンドである産業革新機構に入り、製造業や半導体分野を中心に実務を経験しました。具体的には半導体のルネサスエレクトロニクスや、日立建機子会社のTCMと日産自動車子会社の日産フォークリフトが統合して誕生したユニキャリアホールディングス、その他半導体関係や大型の製造業案件などを担当していました。
2016年からは、丸の内キャピタルの2号ファンド立ち上げに参画し、主にミッドキャップ案件を手掛けています。当ファンドは三菱商事系ということもあり、コンシューマー・リテイル分野の案件が多く、高質系食品スーパーのクイーンズ伊勢丹を運営する
エムアイフードスタイル、吉祥寺を中心に事業展開する創業100年を迎えた老舗食品スーパーの
三浦屋、サザビーリーグと共同運営している和を中心とした食・雑貨を扱う
AKOMEYA TOKYO、『築地食堂源ちゃん』や『ABURI百貫』といった海鮮和食ブランドを中心に多店舗展開を行うサイプレスなどの投資を担当してきました。直近では、昨年末にファイナルクローズした3号ファンドから、『沈菜館』『韓美膳』『カンナムキンパ』といったブランドを通じて、キムチやキンパ等の韓国料理を小売・外食にて展開する
東亜トレーディングにも投資するなど、ジョイントベンチャー型の投資を数多く手掛けています」
藤本 「当事務所のロンドン拠点から木津嘉之弁護士、ブリュッセルから藤井康次郎弁護士が参加しています。自己紹介をお願いします」
木津 嘉之(きず・よしゆき)
西村あさひ法律事務所・外国法共同事業 弁護士(パートナー) /ロンドンオフィス代表
欧州地域を含む、国内外のM&A案件を中心に、企業法務全般に従事。日本企業およびプライベート・エクイティ・ファンドをクライアントとする欧州M&A案件に、戦略策定からPMIに至るまで、数多く関与。欧州プラクティスチームの主要メンバーとして、欧州案件を中心に、案件の規模に応じた、効率的かつ機動的な案件対応を実施。Who’s Who LegalのM&A and Governanceに、また、Client Choice AwardsにおいてJapan M&Aの唯一の受賞者に選出される等受賞歴多数。
木津 「西村あさひ法律事務所のロンドン拠点の代表パートナー弁護士の木津です。コーポレート・M&A分野で約17年間執務してきました。長年、プライベート・エクイティや
クロスボーダー取引を中心に、M&A業界のさまざまな案件を手がけてきております。
一般的に、多くの日本人弁護士は、数年の執務経験後アメリカ留学を経てニューヨーク州の弁護士資格を取得し、現地のファームで実務を経験してから帰国するケースが多いです。しかし私は最初に1年間イギリス留学し、その後ドイツ・フランス・イタリアの法律事務所にも各1年ずつ出向し、各国の法律事務所で日本企業やプライベート・エクイティのヨーロッパ案件に対応してきました。
ヨーロッパは日本から遠く、また、国ごとに法律も言語もまったく異なります。マーケットスタンダードや文化も多様で、交渉面でも個別に配慮すべき点が数多くあります。そうした難しさを肌で感じながら、日本企業がヨーロッパで直面する課題にきめ細かく対応する必要性を強く意識し、また、現地でこれに格闘する貴重な機会を頂戴しました。
2018年4月に日本帰国後は欧州プラクティスチームを立ち上げ、日本企業の欧州案件に幅広く携わってまいりました。そして今年、当事務所としてブリュッセルとロンドンにオフィスを新設いたしました。
現在、ロンドンオフィスでは、イギリス案件はもちろん、ヨーロッパ全域におけるM&Aや進出、ジョイントベンチャー、売却案件など、多岐にわたる業務をサポートしています。ロンドンオフィスのビジョンとしては、日本企業の皆さまがヨーロッパにおいて、ただでさえ難しい異なる事業環境の中で、少なくとも法律面からは安心して事業を展開いただけるよう、日本-欧州間の法的ストレスをフリーにすることを目指しています。本日はヨーロッパ目線やクロスボーダーの視点で、現地の最新事情をお伝えできればと考えています」
藤井 康次郎(ふじい・こうじろう)
西村あさひ法律事務所・外国法共同事業 弁護士(パートナー)/ブリュッセルオフィス代表
日本政府、ワシントンD.C.、ブリュッセルでの勤務経験もあり、独占禁止法および国際通商法、経済安全保障分野を強みとするほか、国際争訟、デジタル法政策やサステナビリティ関連の公共政策業務にも精通。ChambersやAsian Legal Business等の弁護士評価誌や日経新聞「最も活躍した弁護士ランキング」、Financial Times紙「Innovative Lawyers Awards Asia-Pacific」等のメディアからの受賞歴等も多数。
藤井 「西村あさひの弁護士の藤井と申します。ワシントンD.C.やブリュッセルでの勤務経験、経済産業省通商政策局での勤務経験も活かしつつ、国際通商分野や独占禁止法・競争法の分野、さらには、国際的な動向を踏まえた戦略的規制対応業務を柱としております。現在は、ブリュッセルに当事務所が拠点を設けましたので、その代表としてブリュッセルに来ています」