東京機械製作所の買収防衛策導入の概要
2021年7月以降、アジアインベストメントファンドとアジア開発キャピタルの2社(以下「アジアインベストメント等」)は、東京機械製作所(以下「東京機械」)株式を、支配権の取得を目的に市場において大量買付けを進め、8月には発行済株式数の3分の1超を保有する大株主となった。これに対抗して同月、東京機械製作所は、
新株予約権の無償割当によるいわゆる「有事の買収防衛策」の導入を進める方針を決定、同方針の是非を10月22日開催の臨時株主総会に諮り、アジアインベストメント等や東京機械取締役といった利害関係者を除く株主の80%弱の賛成を得た。これに対して、アジアインベストメント等は、新株予約権の差し止めの仮処分命令を求めて申立を行ない、一連の裁判所の判断が、メディア等でも大きく報道されることとなった。結果として、地裁、高裁を通じて、仮処分命令は認められず(東京地決令和3年10月29日、東京高決令和令和3年11月9日)、最高裁判所でも抗告を認めなかった(最決令和3年11月18日)。
本件にかかる一連の裁判所の判断からは、以下のような点が示唆される。
1. | 企業の支配権獲得を目指す株式買付け行為に対する対抗措置として、有事の買収防衛策を発動する場合、その是非を問う株主総会における議決において、利害関係者を除くことが可能であり、いわゆるMoM(マジョリティ・オブ・マイノリティ)の賛成が得られれば、防衛策は是認されたと裁判所が判断する可能性が高いこと。 |
2. | 株式公開買付け(TOB)規制の例外として、市場における株式の買付けにより企業の支配権を目指す場合にも、その行為には株主に対する「強圧性」が認定され、その結果、有事の買収防衛策の妥当性が認められる可能性があること。 |
いずれも、実務家にとっては、今後、非友好的に企業の経営権を取得しようとする場合において、非常に大きなインパクトを与える判断であり、今後類似の案件を検討する際に参照されることは間違いない。
筆者にとっては、1.に関して、MoM要件の適用が裁判所によって認められたことは新鮮なニュースであったが、この点は、有事の買収防衛策の発動要件として、既に飯田 [2021]や、飯田 [2020] によって提唱されており、彼らの考え方が裁判所によって是認されたと考えられる。むしろ、本稿で論じたいのは、2.の「強圧性」についてである。この点、東京地裁の決定文では、「(東京機械の株主にとって)相応の強圧性がある」としていたのに対し、東京高裁は「3分の1を超える株式を短期間のうちに買収する行為は、(中略)買収者による経営支配権の獲得によって会社の
企業価値がき損され、ひいては株主の共同利益が害される可能性があると考えれば、そのリスクを回避する行動を取りがちであり、それだけ一般株主に対する売却への動機付けないし売却へ向けた圧力(強圧性)を持つ行為と認められる。」と踏み込んだ表現をしている。筆者は、この考え方に対し若干の違和感を抱いており、「強圧性」について理論的整理をし、今回のような市場における大量買い付けにおける強圧性について、株式公開買付(
TOB)におけるものとの相違点を指摘しておきたい。
TOBのパラドックス
TOBの強圧性問題は、TOBのパラドックス(逆説)とも呼ぶべき理論的な問題に起因する。TOBのパラドックスとは、一定の前提の下で、企業支配権獲得後の経営能力が優れていると市場参加者が見做した買手ほど、TOBが成立しづらく、逆に経営能力が劣ると見做された買手ほど、TOBが成立しやすくなるという理論面からの指摘である。以下では、簡単な事例を用いて、この理論の概要を説明する(注1)。
まず前提として、現在買手は、買収ターゲットの株式を保有しておらず、TOBによって50%以上の株式取得を目指す。TOB発表直前のターゲットの株価は、1000円、買付価格は1300円(30%のプレミアム)である。ターゲットの株主は、全て最小売買単位を保有しており、この買手が経営権を取得した場合の株価を全員同じ金額で予想する。株主間で、TOBに応じるか否かについては、協議できず、他の株主の動向についてもTOB終了まで情報は得られないとする。TOBには、下限が設けられ、50%未満しか応募がない場合、TOBは失敗し、株価は1000円に戻る。TOBが成功して買手が経営権を取得した場合、株価は買手の予想通りになる。
以上の(若干極端な)前提の下で、買手の経営権取得後の株価の予想が1500円、1300円、1100円、900円のケース(それぞれ、パターン1、2、3、4とする)について、TOBが成立するか否か、またTOB終了後の株価がどうなるかについてまとめたのが、以下の図表1である。