<ポイント > 〇2023年6月の株主総会は、YFO(Yamauchi No.10 Family Office)による東洋建設への提案、英AVIのNC HDへの提案を除き大きな波乱はなかった。 〇ただし、アクティビストの活動は活発で、さまざまな株主提案や働きかけが行われた。 〇本稿では、各アクティビストがこのほど行った提案・活動内容を詳細に解説する。
大きな波乱なき6月総会~ダルトン・インベストメンツは7社に株主提案 6月29日がピークとなった2023年6月の定時株主総会では、過去最高の82社(6月3日、日経報道)に対して株主提案が行われた。株主提案の成立はYFO(Yamauchi No.10 Family Office)による東洋建設への提案と、英AVIのNCホールディングス(以下、NC HD)への提案だったが、前者はYFO単独で28.5%、後者はAVIと米MIRI Capitalと合わせて43.8%の株式を保有していたので特殊ケースともいえ、大きな波乱はなかったと総括される。
昨年まで株主提案を行わなかったダルトン・インベストメンツが東証の低
PBR 対策を株主提案に挙げて、7社に対して株主提案を行ったことが、昨年に比べて大きな変化だったが、いずれも否決された。環境団体の株主提案は例年の銀行・商社・資源会社に対する提案に加えて、今年はトヨタ自動車への提案が注目されたが、賛成率は12.4~21.2%と前年より若干低下した。
【図表1】 アクティビストファンドによる株主提案提出件数の推移 注: 2023年のみ日経報道ベースの件数 出所: アイ・アールジャパンHD資料、日経新聞よりみずほ証券エクイティ調査部作成
NAVFが最多の9社への株主提案 アグレッシブなエンゲージメントを行うことで知られる英国NAVF(Nippon Active Value Fund)は、6月の株主総会で自己資本比率が高く低PBR等の中小型企業9社に対して、似たような株主提案を行ったが、いずれも賛成率は低かった。例えば、第一建設工業に対する
自己株式 取得、社外取締役の員数に関する定款変更の株主提案への賛成率は各々6.03%、5.67%だった。日本精化に対する譲渡制限付株式報酬制度に係る報酬額改定、自己株式取得、社外取締役の員数に関する定款変更の株主提案への賛成率は各々8.25%、9.27%、9.84%だった。
北越コーポレーションに対する譲渡制限付株式報酬制度に係る報酬額承認、自己株式取得、社外取締役の員数に関する定款変更の株主提案に対する賛成率は各々36.10%、37.83%、36.46%だった。NAVFはいずれの企業に対しても、
大量保有報告書 は提出していなかった。NAVFは2020年2月のロンドン証取に上場して以来のパフォーマンスは+38%と良い。NAVFは2023年1Qの運用報告ビデオでイハラサイエンスの
MBO による成果と、T&K TOKAへの
TOB に失敗した事例を挙げ、投資先企業とのエンゲージメントをスケールアップするという話をした。
【図表2】 NAVFの2023年6月株主総会での株主提案の賛成率 直近 2022年度 コード 会社名 総会開催日 株価 (円) 時価総額 (10億円) 年初来 株価変化率 (%) 外国人 保有比率 (%) 自己資本 比率 (%) 実績PBR (倍) 実績ROE (%) 株主提案の内容 賛成率 (%) 5930 文化シヤッター 6月20日 1,067 77.0 -3.7 22.3 46.6 0.79 9.6 自己株式の取得 21.38 定款の一部変更 (取締役の過半数を社外取締役とする) 15.00 1976 明星工業 6月22日 964 54.4 23.0 17.8 76.2 0.81 8.2 譲渡制限付株式報酬制度に係る報酬額承認 15.76 自己株式の取得 21.91 定款の一部変更 (取締役の過半数を社外取締役とする) 14.34 1799 第一建設工業 6月23日 1,546 32.2 9.3 13.4 88.0 0.46 4.0 自己株式の取得 6.03 定款の一部変更 (取締役の過半数を社外取締役とする) 5.67 4362 日本精化 6月23日 2,878 73.0 26.0 15.6 79.9 1.45 9.2 譲渡制限付株式報酬制度に係る報酬額改定 8.25 自己株式の取得 9.27 定款の一部変更 (取締役の過半数を社外取締役とする) 9.84 5195 バンドー化学 6月27日 1,432 63.3 49.8 12.8 65.3 0.80 7.6 譲渡制限付株式報酬制度に係る報酬額承認 0.18 自己株式の取得 12.74 定款の一部変更 (取締役の過半数を社外取締役とする) 7.5 4462 石原ケミカル 6月28日 1,622 26.5 32.1 10.6 82.6 1.12 7.8 譲渡制限付株式報酬制度に係る報酬額改定 9.6 自己株式の取得 22.1 定款の一部変更 (取締役の過半数を社外取締役とする) 20.93 3151 バイタルケーエスケー・HD 6月29日 936 48.6 10.1 11.2 33.3 0.49 4.9 自己株式の取得 20.5 定款の一部変更 (取締役の過半数を社外取締役とする) 15.6 3865 北越コーポレーション 6月29日 831 156.3 9.1 23.5 58.0 0.62 3.8 譲渡制限付株式報酬制度に係る報酬額承認 36.10 自己株式の取得 37.83 定款の一部変更 (取締役の過半数を社外取締役とする) 36.46 9357 名港海運 6月29日 1,227 40.5 6.7 7.2 75.2 0.35 4.6 自己株式の取得 8.12 定款の一部変更 (取締役の過半数を社外取締役とする) 5.43
注: データは7月20日時点。このリストは推奨銘柄でない 出所: 会社資料、ブルームバーグよりみずほ証券エクイティ調査部作成
文化シヤッターに対してはNAVFとストラテジックキャピタルが株主提案 経営に何らかの課題がある企業は複数の
アクティビスト から提案を受けることがある。NAVFが株主提案を行った北越コーポレーションに対しては、香港のオアシスも社長再任を否決するキャンペーンを行った。文化シヤッターが6月20日に開催した株主総会で、NAVFから2つ、ストラテジックキャピタルから8つの株主提案を受けたが、11~30%の賛成率で否決した。ストラテジックキャピタルがHPに掲載した株主総会議事要旨によると、ストラテジックキャピタルは、文化シヤッターが同業の三和HDと比べてOPM、
ROE 、株価の評価、PBR(直近0.83倍)が劣っている問題を指摘し、配当性向100%、持合解消、潮崎敏彦会長の退任などを求めたのに対して、潮崎会長は「資本効率、資本コストの効率、東証からの提案があり、PBR1倍以上を目指していく。そのために資本の圧縮等を進めていく。IR活動をしっかりやらなければならないと考えている」と答弁したという。
ダルトン・インベストメンツは東証の低PBR対策を株主提案の理由に挙げた NAVFは、米国のダルトン・インベストメンツ共同創業者のJames B.Rosenwald III氏がローンチした上場投信である。ダルトン・インベストメンツは、ダルトン・アドバイザリー株式会社の林史朗代表取締役が天馬の非業務執行取締役やプレステージインターナショナルの社外取締役を務めるなど、企業に寄り沿うアクティビストとして、昨年までは株主提案を行わなかったが、東証の低PBR対策を受けて、アグレッシブなアプローチに変えたようであり、今年は7社に対して株主提案を行った。
ダルトン・インベストメンツは3月にHPにて「
Price-to-Book is Back 」とのコメントを掲載し、TOAや戸田建設等に対しては、東証の低PBR対策を株主提案の理由に挙げた。ダルトンはTOAに対する自己株式取得の提案理由として、「ROEが過去5年平均で5%を下回っており、ROEが資本コストを継続的に下回っているのは明白だ。PBRは0.6倍前後で推移している」と指摘した。戸田建設に対しては「PBR1倍割れの状況を改善し株価を意識した経営を行うとともに、株主還元の拡充及び資本効率の向上を図るため、自己株式取得を行うべきだ」と提案した。ダルトン・インベストメンツはNAVFと異なり、大企業に対して株主提案を行った。ダルトン・インベストメンツはセコムに対して、「
ROIC の高さとは対照的に、近年は現金資産の積み上がりによりROEが継続的に悪化しており、株価低迷の一因となっている」と指摘し、自己株式取得、取締役の株式保有ガイドラインの設定、社外取締役を過半数にすることを求めたが、賛成率は各々9.21%、23.74%、18.78%だった。ダルトン・インベストメンツはハウス食品グループ本社に対しても、「現金資産の積み上がりにより、ROEは過去5年平均で5%を下回り、ROEが資本コストを継続的に下回っていることは明白だ」と指摘して、セコムと同様の株主提案を行った。
ハウス食品グループ本社は株主総会招集通知で、政策保有株式を縮減し自己株式取得を進めていると反論したが、ROEと資本コストの関係に関する言及はなかった。ハウス食品グループ本社に対する株主提案の賛成率は各々11%台と低かった。
AVIのNC HDに対する株主提案が一部成立 英国AVI(Asset Value Investors)は、
運用資産 (AUM)約300億円の「Japan Opportunity Trust」と同約2000億円の”Global Trust”を通じて日本株投資を行っている。AVIは水面下でのエンゲージメントを好み、株主提案を行うのはエンゲージメントが失敗した企業に対してである。エスケー化研に対しては3年連続で株主提案を行ったが、定款一部変更(自己株式の消却)と剰余金処分の株主提案に対する賛成率は各々25.84%、35.14%と昨年並みだった。コンベヤーや立体駐車装置等を製造するNC HDとのエンゲージメントについてNC HDのHPには、5月2日の株主提案受領に始まり、6月29日の株主総会まで、株主提案への反対意見、従業員組合による反対声明、議決権行使結果の
MoM (Majority of Minority)による開示方針と
共同協調行為 等の認定基準の制定、反対意見に対するAVIの見解に対するNC HDの見解などが掲載された。AVIはNC HDに対して8つの株主提案を行ったが、うち定款一部変更、剰余金処分、取締役の報酬決定に関する株主提案が、各々69.56%、61.58%、58.01%の賛成率で可決された。AVIは「NC HDは時価総額の6割に上る正味現預金・税引後投資有価証券を抱えているため、配当性向は少なくとも70%が適切であるが、過去5年平均で14%と著しく低い」と主張していた。NC HDはAVIが19.45%、米国MIRI Capitalが24.36%、両社で43.81%(ブルームバーグより。有報の外国人投資家保有比率は46.4%)保有していたので、一部の日系運用会社が賛同すれば、過半数を得やすかったようだ。定款変更には3分の2以上の賛成率が必要だが、可決された株主提案は、配当の決定を「株主総会の決議によらず取締役会の決議によって定める」から、「取締役会の決議によって定めることができる」に定款を変更する内容だった。NC HDは7月5日に株主総会の議決権行使結果の追加情報として、株主提案の議案3と4にはAVI以外の一般株主の95%超が反対したとのMoM賛成率を発表した。
【図表3】 AVIの「Japan Opportunity Trust」と「Global Trust」の上位組入銘柄 “Japan Opportunity Trsut“の上位組入銘柄 “Global Trust”の日本株組入銘柄 設定: 2018年10月 設定: 1985年6月 純資産: 1.68億ポンド(約300億円) 純資産: 11億ポンド(約2,000億円) データ: 2023年5月末 データ: 2023年3月末 組入順位 コード 会社名 組入比率 (%) 組入順位 コード 会社名 組入比率 (%) 1 6849 日本光電 8.9 10 6849 日本光電 3.9 2 9682 DTS 8.8 12 6727 ワコム 3.2 3 3608 TSI HD 8.7 19 9682 DTS 2.5 4 4956 コニシ 7.4 21 4819 デジタルガレージ 2.0 5 7970 信越ポリマー 6.8 26 7912 大日本印刷 1.3 6 6727 ワコム 6.8 27 4956 コニシ 1.1 7 6236 NC HD 6.0 28 2168 パソナグループ 1.0 8 4958 長谷川香料 5.8 32 8369 京都銀行 0.8 9 3558 ジェイドグループ 5.5 33 8359 八十二銀行 0.8 10 6013 タクマ 5.2 35 8366 滋賀銀行 0.8 合計 69.9 37 4045 東亜合成 0.6 38 5830 いよぎんHD 0.6 39 7970 信越ポリマー 0.6 40 4958 長谷川香料 0.5 41 3302 帝国繊維 0.4 44 3608 TSI HD 0.3 合計 20.4
注: このリストは推奨銘柄でない 出所: 会社資料よりみずほ証券エクイティ調査部作成
昨年4地銀に対して株主提案を行ったシルチェスターは今年京都銀行に絞る 英国のシルチェスターは、2022年は地銀4行に株主提案を行い全て否決されたが、今年は大林組と京都銀行に対してのみ株主提案を行った。シルチェスターは大成建設と清水建設に大量保有報告書を提出していたが、大林組に対しては出していなかったので、唐突な株主提案であった。大林組が大手ゼネコンの中で相対的に株主還元余地が大きいとみなされたのかもしれない。 ISSは大林組の政策保有株式の純資産比が2022年3月末時点で32%と高いことを理由に、会長・社長の選任議案に反対し、シルチェスターの特別配当を求める株主提案に賛成を推奨した。大林組は株主総会招集通知で、DOE3%程度を目安に掲げていると反論すると同時に、政策保有株式の削減状況の図を掲載した。シルチェスターの大林組への株主提案に対する賛成率は26%だった。一方、京都銀行は特別配当と自己株式取得を求めたシルチェスターに対して、総還元性向50%以上にコミットしていると反論し、賛成率は各々23%、20%だった。シルチェスターは2022年に株主提案した4行のうち3行の地銀の保有比率を引き下げたが、京都銀行だけは、今年3月に7%超に保有比率を引き上げた。シルチェスターは昨年の岩手銀行への株主提案書で2022年3月末時点の日本株運用資産を1.9兆円としていたが、大林組の株主提案書では2023年3月末時点の同資産が1兆8億円超としたため、運用資産が半減した可能性がある。シルチェスターと資本関係を有する日本バリュー・インベスターズは、高周波熱錬と日本精機に株主提案を行ったが、いずれも否決された。
【図表4】 主要建設会社への株主提案と大量保有報告の状況 2022年度 コード 会社名 株主提案者 大量保有報告提出者 時価総額 (10億円) 自己資本比率 (%) 政策保有株式 の純資産比 (%) 実績PBR (倍) 実績ROE (%) DOE (%) 配当性向 (%) 配当利回り (%) 1799 第一建設工業 NAVF 32.2 88.0 10.6 0.46 4.0 1.5 37.7 3.2 1801 大成建設 シルチェスター 987.8 41.1 33.7 1.19 5.6 3.0 53.9 2.6 1802 大林組 シルチェスター 903.3 38.2 26.5 0.90 8.0 2.9 38.8 3.4 1803 清水建設 シルチェスター 679.3 34.8 29.4 0.79 5.9 1.7 31.7 2.4 1820 西松建設 旧村上ファンド系 * 197.7 29.0 15.5 0.94 6.4 5.6 90.4 6.3 1822 大豊建設 旧村上ファンド系 70.8 42.3 6.3 0.96 4.0 5.5 139.0 5.9 1860 戸田建設 ダルトン シルチェスター 244.8 38.9 47.3 0.74 3.5 2.6 75.8 3.6 1861 熊谷組 オアシス オアシス 137.8 45.1 3.9 0.81 4.7 3.3 72.4 4.2 1878 大東建託 シルチェスター 976.6 38.2 0.0 2.38 18.2 8.7 50.0 3.7 1890 東洋建設 YFO YFO 99.9 46.7 0.7 1.39 8.1 3.2 41.5 2.4 1898 世紀東急工業 SC * SC 53.0 50.4 0.2 1.30 2.8 2.8 97.6 2.2 1976 明星工業 NAVF 54.4 76.2 4.1 0.81 8.2 3.0 38.3 3.8
注: データは7月20日時点。* は2022年以前の株主提案。SC=ストラテジックキャピタル。YFO=Yamauchi No.10 Family Office。政策保有株式は上場銘柄のみ。このリストは推奨銘柄でない 出所: 会社資料、ブルームバーグ、QUICK Astra Managerよりみずほ証券エクイティ調査部作成
■筆者プロフィール■
菊地 正俊(きくち・まさとし) 1986年東京大学農学部卒業後、大和証券入社。大和総研、2000年にメリルリンチ日本証券を経て、2012年より現職。1991年米国コーネル大学よりMBA。日本証券アナリスト協会検定会員、CFA協会認定証券アナリスト。日経ヴェリタス・ストラテジストランキング2017~2020年1位、2023年2位。インスティチューショナル・インベスター誌ストラテジストランキング2023年1位。著書に『アクティビストの衝撃』(中央経済社)、『良い株主 悪い株主』(日本経済新聞出版社)、『日本企業を強くするM&A戦略』『外国人投資家の視点』(PHP)『TOB・会社分割によるM&A戦略』『企業価値評価革命』(東洋経済)、訳書に『資本コストを活かす経営』(東洋経済)などがある。